mimi's world * HOPE and DESIRE

_______ BE-lie-VE * be-LIE ve * believe...the SHAMs for heart healing * mimi's world-7 _______

Myth. BLUE BELL - Act 8 -  

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 Act 6-Secene 1 by mimi © ™From far away beyond beautiful sea.

Mimi’s Image music* Nimrod by Elger Strings/ Aquarium by Joseph Swan






________ ヒュ ―――・・・


ザ―― ザバン ジャブジャブ ・・・・



小高い崖の上に居る。

崖肌に当たる波の音が小さく聞こえる中、強い潮風に掻き消される様に波の音が引いていた。

海から吹く風に潮の香りは彩濃くて、風向きが変わり森の香りが入り混じるのは、崖肌に当たり波が沖に引きまたやってくる波にぶつかりもう一度この崖に帰って来る、新しい波と古い波が入り混じる境目の境目の様だと思っていた。


灯台に近づくと風の音しか聞こえなくなり、自然の音以外何も聞こえないでいた。

灯台の下に来ると、海からの潮風が強く吹いていた。
その音以外は他に何も聞こえないけれど、自分か来た反対側に、バイクが一台停めてあった。
辺りを見回してみても人影はなく、潮に錆びついた灯台のドアが目に入ったけれど閉っている。

灯台を背に、今来た方を見詰めていた。

草原の様に広がる大地の向こう、大きな屋敷が見渡せる。




________ チリ・・チリ・・チリ・・・


カツン カツン カツン カツン ――――― ・・・



鈴の音と共にその響く足音に振り返った。




「 誰? 」


「 ・・・鐸杜です。 」



________ チリン・チリ・チリ  ・・・カチャ


バオン・バオン・ブロロ――





( たくと・・・ )


名を告げただけで去って行き、もう誰も居ないと思ったのは、鈴の音の中にカチャっと聞こえた音。

鈴の付いたキーホルダーから鍵を取り出し、灯台のドアに掛けたのだろう。
誰もその中に居ない事は、鍵を掛けたことで知れたから、ポケットに手を入れてもう一度辺りを見回した。

ヒューヒューというさっきと同じ潮風の音以外何も聞こえなかった。

ポケットから電話を取り出して耳に当てると、灯台の上を見る様に空を見上げた。



________ トゥルルル・・・トゥルルル・・・


青く澄んだ空を見詰めて、コール音と潮風の音を聞いていた。


「 もしもし・・・俺・・・ 」


青く綺麗なその空は、都会では見る事が出来ない澄んだ青さで、その中を流れる低い雲に風の強さを感じていた。もっと高い場所の空の動かない雲を見詰めながら、すぐに電話の相手が出ると話し始めたけれど、約束した事とはなんだろうと考えていた。


「 もしもし・・・ 」


電話の向こう側の声は、今までと少し違う低いトーンだった。

青い空の中に流れる白い雲と、青の濃い遠くの空に浮かぶだけの雲を見詰めながら、思い出していたのは、蒼紫色の世界の情景・・・

ちらりと振り返った紅のリボンの黒髪、蒼い空気の中に浮かんだ白い天女の様な幻の少女。

目を瞑り頭を横に振って、幻想を頭から追い出そうとしていた。



「 今、ここには誰も居ないから ・・・大丈夫。 」


灯台の周囲をゆっくりと歩き出しながら、話していた。


「 では、ただ今直ぐに参ります。 」


この電話の向こう側である蝶子の返事に、今見ていた鳴海家の屋敷の方から出てくるのであれば、着物を着ている彼女にとって少し時間が掛かるだろうと思いながら、海の見える方に向かい歩きながら電話を切った。


________ ヒュ――・・・


海風に目を瞑り、ザブザブと崖に当たる波の音を聞きながら、父から言われていた事を思い返していた。


『 鈴鳴り岬には、何があるんです? 』


ただ単に何気なく父には聞いただけだった、何の変哲も無いこの土地の事。
この海と綺麗な森に囲まれた豊かな自然溢れるこの場所が、昔からの人の手により守られてきたのだろうと思う事は、ここに自分が足を運び実際に来た事で分かる様な気がして来ていた。

_____ 強いて言うなら・・人かな。
   ・・・人の心だから

父からのこの返事にも何気なく分かるような気がしてきている。

ただ単に土地を手放したがらない血族の誇りなのだろう。
自分にはきっと判らないものだという事は、怜の言葉に分かるような気がしていた。

_____ 綺麗なままの、け・・いや、綺麗っていいよ・・

血族同士の結婚を強いられて自分の意志もないまま早々に結婚させられて、人生が決まっているかのような怜の言葉。
自分の代で今までの歴史を止める事も変える事も、夫人いや代議士も鳴海の名を後世に引き継ぐ事が目的なのだろう。

その為に生きている・・・

そう言ってしまえば、怜の人生はどんなに裕福でどんなに華やかなものだとしても、自分の意志の疎通の通らない制御された可哀そうな人生なのかと、華やかな上辺に気付かれること無く、屈託の無い笑みに全てを覆い被せ心に秘めた彼の人生の苦痛な悩みも・・・

血族の結束という事は自分には一生理解できない事だけれど
人として、彼の心の中の気持ち・・・

赤々と燃え、風が吹けば威力を増す炎の様な野望も

青く灯すだけの、少しの風に消えてしまう様な悲寂な心中も

自分の・・・ この心に感じて来ている。



_____ そうだな、そうやって答えが見つかるなら・・・
   ・・・やりようがあるんだろう。


( やりようの無い・・・か・・・)


心の行き所を見出したいと思う様なその矛先が、彼の野望なのだろうか。

_____ 彼はあの土地を継ぐ者だから。

残そうと思っていないのか?との問いに父は・・・

_____ わかっていないのかもしれない・・・
   判っていないなら、この計画は頓挫する。


(・・・頓挫か・・・)


はるか彼方まで青く深く染まる遠くの海を見詰めて、携帯の画面を閉じた。
本社から来ていたメールを読んでいて、父が成し得なかったこのここでの計画に

_____ でも、お前なら、できるかもしれないな・・・

そう言った父の言葉を思い返しながら、携帯をポケットにしまった。


『 岬にあるものが、ですか? 』


自分が父に問いかけたこの場所・・・

灯台の下で海を眺めていると、この景色を多くの人に見せてあげたいと思うほど、都会の喧騒から離れ心洗われ、癒されると思えるこの豊かな自然。

観光地としての繁栄に、きっと集まる人は増えていくだろうという、野望からの直感と

この豊かな自然を昔から守り抜いてきた、ここの土地の人の心を土足で踏みにじり汚すような事への躊躇い
自分は人として、人の心の中にしては成らないような領域に入る事を拒む気持ちも、ここに来てから生まれ始めていた。


________ チリン・・・

    ・・・シャラ・・シャラ・・・・・


鈴の音が鳴り響くりんどうの蒼紫色の世界。
あのりんどうの中に足を踏み入れる事を躊躇い、幻の天女の後を追いかけられなかった自分。

きっと観光地としてここに人が来るようになれば、あの森も自然のままに残す様に開発を進めても、ここに観光として訪れる人々が、踏み入ってしまうだろう。


・・・それに何より・・・


この土地に来て初めての朝・・・

とても懐かしい気がしている自分。
ここに来た記憶が無いのに、どうして懐かしいと、この・・心が・・・感じたのだろうか・・・



その時だった。

________ シュルッ

布ずれの音と同時に・・・


「 すみません。家の者を撒くのに手間取りまして・・・」


その鳴海の血を継ぐ蝶子が現れたのは . . . _____________







あれから・・・・






その蒼い空気の向こう、天女の居場所に連れて行かれ、意味のわからないまま・・・

自分は父が残していった廃墟の方に足を向けていたのは、何も考えられずにただ足が向かっていただけだった。
山側のその森はとても離れていたけれど、ぼーっとしたまま森の中を彷徨う様に歩いていた。


何故だろう・・・


自分とは所縁ももし連れて来られていたとしたらこちら側に記憶があってもよさそうだと思っていたのに、この森に何も感じる事は無く、森の樹々の香りに包まれてりんどうの香りがすることの無い場所を歩いていた時、自分でも探していたのか・・・

ひっそりとただ一輪だけ咲く、蒼いその花を見つけた。

りんどうの香りの森の中に、ひっそりと姿を隠し生きている少女。
鳴海の血を引く者だと判った。蝶子が放った・・・


_____ お姉さま・・・


その声に・・・

振り返った顔は厳しくも華々しくて


“ バラの様な印象の怜 ”


怜と同じ雰囲気の、華やかな印象を受けた少女。
そのクスクスと笑う、企みを浮かべた様な表情も、怜にも代議士にも似ていて

でも・・・

何か心が病んでいる様だと思える様な、儚げに消えてしまいそうな少女。
青紫のりんどうの花が、アレンジメントの様に華々しく生けられているのではなく、一輪ずつ花器に生けられた生け花がその部屋を覆い付くし、蒼い世界を作っていた部屋で・・・

独りでひっそりと暮らす彼女の運命が・・・

何故なのか分からない。




森で一輪だけ咲いていた・・・

・・・りんどうの花・・・ 



父が残し、自分がこれから生み出そうとしているその場所に、ひっそりと咲いていたその花を・・・

花の領域に足を踏み入れる事に躊躇った自分が、手にして摘んでしまったのは・・・




「 ふっ・・・」



彼女を思い出しながら屋敷に戻ってきた自分。
大事に胸ポケットにしまいこんで、自分の心の中に閉じ込める様に、その上から胸に片手を当てて元の道を引き返した自分を思い返していた。


・・・鈴音


彼女の名の通り、この場所に来た時から耳に鳴り響く様な鈴の音と共に現れた少女。
彼女の悲痛の叫びの様に、風と共に揺れる風鈴の音に・・・

自分が感じている、怜の心・・・

吹いたら消えてしまいそうな、怜の人としての心の青い炎の様な少女。
タクトと自分にも灯台で名乗った男と企んだ笑みの少女は、怜の野望として燃える赤々とした炎の様でもあり

何から何まで、兄である怜に似ていると思っていた。

朽ち果てた古いトマソンの残る森で、ひっそりと一輪だけ咲いていたりんどうの花の様に・・・

この花を持って帰ってきてしまった自分は、ただこの花が枯れ行くのをこの場所で見届けていてもいいのだろうか・・・



そう思い始めた自分には



_____ お前なら、できるかもしれないな・・・



父からのこの言葉を思い返しながら立ち上がり、怜と約束した夕食の為、海風とりんどうの香りを自分の頭の中からも取り払いたくて、シャワーを浴びようとシャツを脱ぎながら立ち上がった。

シャツを脱いで右腕と左腕の肌の香りを交互に、手に持ったシャツに付いた匂いを嗅いでみた。


怜が言うほど りんどうの香りがするでもない・・・


そう思ったのは、シャツを持っている自分の手。

りんどうを摘み、大事に持ち帰ってきた自分の手の中にりんどうの香りが濃く残っていて、この左手の中の香りに目を瞑り彼女を思い返しながら、シャワーに向かった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Myth. BLUE BELL

― 鈴鳴り岬の向こう ―


Act 8

『 心彩 』



Act 7-Scene 1 by Moka From© Fly Away


Mimi’s I mage Music * Eclipse from Moon Light Sonata by Joseph Swan / Twilight from Bella’s Lullaby by Twilight








_____ あ~ 完全に和食だ。

    政治家にはお似合いの古い料亭・・・



階段を降りながら怜が自分に言った、今夜連れて行ってくれる予定で居る言葉を思い返していた。


( 政治家か・・・)

ここでは政治家である代議士を含め、怜も社長の傍ら代議士秘書としても出入りしているのだろうと考えていた。もちろんそう言った類の場所は、一見さんはお断りである為、連れて行ってくれる者が無ければ、入店どころか敷居を跨ぐ事さえ憚れるものである。

ここに数回足をこれからも運ばなければならない事を考えると、これからも是非知っておきたい店に興味が湧いていた。

東京では自分も怜もそう言った類の店に2人で行った事はない。
接待で通される事はあったとしても、父と一緒であったり、部下を連れてといったものである。

いつも2人で飲みに行く。と言っても、怜は家庭があるから怜の自宅で飲むことが多かった。



階段を降り切る前に、階段下に蝶子が通りかかった。

彼女は、女中を連れてダイニングに向かっているのだろう。
前を向いていた彼女は、自分に気付く事無く真っ直ぐに向かっていて、彼女の側近である女中が階段中ほどに居る自分に気が付き会釈をした。

片手に持っていたジャケットを腕に掛け、その女中に会釈を返す。



蝶子とは、鈴音の屋敷からの帰宅は別であった。



鈴音の屋敷からの帰宅にも目隠しをされた後、グイッっと引っ張られた自分の腕。

荒々しく力強いその引きに、蝶子ではないと感じながら・・・・

________ チリ チリ チリ チリ

小さく鈴の音が鳴っていたのを耳にし・・


________ バオン、バオン、ブルルル・・・

『 いいか。しっかり掴まってろよ。 』

バイクのエンジン音と共に聞こえたその声に、タクトだと気が付いた。

森の中を歩いてきた道は、獣道の様な足元の感覚であったのに、バイクでも通れる道があるのだろうか。
この帰りはどこを通ってきたのか分からないぐらい、とても早かったと感じたのは、目隠しを外されて眩しさを感じるまでが、とても短かったからだった。
暗く光が木漏れ日程度しか入らなかったうっそうとした森の中から、目隠しをされてここまできたのだから、当然かも知れない。

目が慣れて視界に入ったのは、灯台。

風の音も崖肌に当たる波の音もバイクのエンジン音に掻き消されていた。
帰り道にりんどうの香りを感じる事も、たくさんのざわめく風鈴の音も、全部バイクの廃棄ガスの匂いと音に全て消されていた。

メットを被ったままの彼が、俺の目隠しにしていたリボンを左手首に巻いていた。

そのリボンは来た時の紫の江戸更紗ではなく、朱色のリボン。

猫の首に付けられていた、紅のリボンと似ているかもしれないけれど、そうではないと自分でもハッキリ言えるのは、幻想の中に見た鈴音の髪に付けていたものも、鈴という猫の首に付いていた物とも、蝶子がしていたものとも違うと、それだけ、紅のリボンの印象が自分の中に残っているからであった。

でもその色が・・・


_____ ようこそ、鈴鳴り岬へ

   ・・・鳴良・・・さま・・・


乳母が言っていたのだろうと思われるあの擬人化した機械の様な声。

なのに、どういうわけか・・・

朱い綺麗な唇が開いた言葉の様に感じていて、あのクスクスと微笑む彼女の唇の色と重なって止まって見てしまっていた。

気付くとタクトはもうそこには居らず、今自分が来たのであろう、ここに送られてきた方角に消えたと思うそちらを見詰めた先・・・
草花で埋め尽くされた草原の大地に、一本の砂利道の様に草が薄くなっている先の、太陽に輝く小石の道を見ていた。


自分は灯台からそのまま廃墟のある森の方に向かい、そして・・・


ここに帰ってきたのはほんの1時間前だったから、蝶子がいつ帰宅してきたのか分からないけれど、彼女は家の誰かにどこに行っていたのか咎められたりしても、きっと俺を連れて鈴音の屋敷に行っていたとは、言わないのだろうと考えていた。

階段を降り切って廊下の彼女が向かった先を見ると、蝶子の姿はもう無くて、ダイニングの前の廊下に数名のメイドが立っていた。


「 どうした? 」


後ろから急に声を掛けられたのは、怜にだった。

廊下の向こうに立っているメイド達もこちらを振り向き、揃って会釈をしてくれている中、さぁ行こう。と怜に背中を軽く叩かれて玄関に向かった。

運転手が玄関先に横付けして停められていた車に、フロントとパーテーションで仕切られた後ろに、怜と並んで乗り込んだ。

ブラックスモークの掛けられたウィンドー。
辺りは暗くなっていた。遠く水平線にぼんやりと明るさを残して、一本の線を境に暗い海と名残惜しげに消えようとする陽の光が作る境目が見えるだけだった。

怜と話していると、車が曲がったその怜の背中越しに、大きな満月が山の方から姿を現そうと顔を覗かせ始めていた。
日の落ちる海よりも、月の出(いずる)山の、空と地上の境目がこちらの方がはっきりと見て取れるほど、明るく照らされていた。

怜は話していて俺の視線が向けられていないと感じたのか、どうした?と話を途切れさせてしまっていた。


「 あぁ、満月だな。って思ってさ。 」

「 そういや、明日って・・・」


怜が話し出したのは蝶子の事だった。


「 そうか、明日の夜、野点するんだな。 」


なるほどな~。だから、今日お前 練習相手にさせられたんだ~。と言う怜だったけれど、自分で言っておきながらその自分の言葉に、横を突然向いて何かを考えている風だった。

少しの沈黙が怜にあり、何か不都合でもあるのかと思って彼を見ていた。

その肩越しに見えた森・・・
自分がただなんとなく彷徨い、そこにひっそりと一輪だけりんどうの咲いていた森。

その森に月が昇って深い緑色と、満月の灯りに負けた星の煌きの無い、明るい深く紺碧の空が、スモークの貼られた窓からでも色が分かるほど綺麗な境を創っていた。


個室に通されてからほどなくして前菜と椀物が終わった後、給仕をしている若女将に、怜がお造りと共に日本酒をと注文していた。

その日本酒の名前は、聞いた事はあれど見た事のない幻と言われる物だったが・・・
若女将が椀を提げて個室の障子戸が閉められると同時に、怜に聞いた。


「 ねぇ、今・・・ “ リンドウ ”って言った? 」
  ・・・それって、幻って言われているやつじゃ・・・」


「 あぁ、そうだよ。 」


あっけらかんとして、残っていたビールをぐいっと飲み干した怜。


「 だって、ここの地酒で名産品だからね。 」


この幻の名品を酒造から必ず届けられる様に常備している料亭である為、舌の越えた政治家も足を運ぶらしい。
もちろん、料理の方も申し分ない程、新鮮で唸らせる味にここまででも満足している。

それに・・・


“ 鈴道 ”


その名の通り・・・


鈴の鳴る、森への道は・・・

・・・鈴音の事を思い返していた自分



白猫の鈴の音に導かれ、その鈴の音ではない違う音と共に見た彼女
あのざわめく様に鳴り響く風鈴が、悲愴曲の様に、心の叫びに聴こえ・・・

ここに来ただけで耳鳴りの様に響く鈴の音に、どこか分からないあの場所に、
蒼い世界の向こう側だと云う事だけが・・・


リンドウ  鈴の道 の様だと・・・・・





_____ 失礼します。


スッと障子戸を開けて入ってきた、若女将が運んできたのはお造りとよく冷えた冷酒だった。
冷酒なのに徳利と杯で運ばれて来たが、白金とも言うべき綺麗な銀色。
よく冷えた冷酒は、厚手の金属の徳利の中に銀箔を浮かべた様に輝いていた。
杯を手に取ると温かみが分かる様な手作りで、力を入れるとぐにゃっと曲がる、錫で出来た杯と徳利だった。

・・その杯・・・


「 あぁ、これ見た事ある・・・ 」


手にするのは初めてだった、この錫で出来た杯。
金属にしてはとても柔らかく、形を自在に変形する事が出来るもの。

おっ。見た事あるか?と怜が嬉しそうに言うその微笑みに目を向け、差し出された徳利に杯を差し出した。


「 錫もここの土地で取れるものでさ・・・
 加工業では錫もそうだけど、それ以外にも昔は、銀とか・・・・」


そう言い掛けた怜の言葉を半分しか聞いていなかった自分。


「 だから、錫と鈴を掛けて、鈴鳴り・・みさ・・き・・
  ・・・・どうした? 剣・・・ 」



怜の言葉に思い当たるものを、杯を見て思い出していたのは・・・

“ 暖炉の上にあった、燻し銀の花瓶 ”


あれ・・・

銀ではなく、錫で出来たものなのか?


そう思いながら、錫の杯になみなみと注がれた白銀に輝く “ 鈴道 ” を見ていた。
その視界の中に・・・

黒塗りの座卓の上に置かれたお造りに添えられていた、蒼いりんどうの花。

日本料理って、端(つま)と呼ばれる端加味の全ては、薬味として食す事が出来るとは知っている。
でも、この蒼いりんどうの花が食べられるものなのかとも・・・

鈴道の名の付いた日本酒と、りんどうの蒼い花に・・・

・・・鈴音

彼女の事をまた、思い出していた。




幻の・・・・

・・・・りんどう か・・・・




兄である、怜に・・・

もし彼女の事を聞いたならきっと、蝶子が咎められるに違いない。
そうでなくとも、目隠しをされて独りで行っては成らないとその道を隠されて連れて行かれた、あの場所。

りんどうの花の群生する森の中に、ひっそりとその身を隠し佇む大きな古びた洋館。
鳴海家の別宅であるあの場所は、海や山の全ての絶景が見渡せるほどの本宅と違い、闇に包まれたままの窓の意味も成さないような うっそうと生い茂る森の中に・・・

・・・彼女の生きる意味を隠されている様だと感じていた。


思い返すと切ないような、心の痺れが治まらない。

自分のこの感情を癒す為だけに、彼女の事を兄である怜に聞くのは・・・

隠されて生きる意味があるのだから聞いてはならないと・・・自分に言い聞かせて、りんどうの花からも日本酒からも錫で出来た杯からも一瞬だけ目を背けた。


「 どうした?剣・・・・」


怜に気付かれてはならないと思い、彼の方に視線を戻し微笑みかけ、違う事を言った。


「 いや・・・そういえば、りんどうって、食べられる? 」

「 あぁ、これ? 」


怜は自分の目の前に置かれた りんどうの花を取り上げた。 


「 そうそう、これ生薬の一種でさ、漢字で書くと、竜に胆で、りんどうだよな。
 確か・・・疫病草(えやみぐさ)って昔は言ってたみたいだな。
 胃薬の一種とかって確か爺さんから聞いた事があったかもな。 」


ま、俺はよく知らんけど。という怜の言葉でりんどうの話は終わったけれど、日本酒を飲みながら俺を見詰める怜の表情は、ものすごく真面目な表情に変わっていた。


________  コトン


「 あのさ・・・」


杯を置いて、少し間があってから話し出した怜からの言葉。


「 山延の事だけど・・・」


________ チリン・チリン・・・チリ・・・・


「 あぁ、電話・・・」


ごめん剣。と断って画面を見た怜だったけれど、着信者を確認すると、そのまま何も触らず座卓の上に鳴りっぱなしのまま置いた。


「 ・・・いいの? 」


口から杯を離し、持ったままの手で携帯を指差した。


「 ん? まぁね。 」


電話を触らない為なのか両手を擦り合わせながら指を組んで、こちらに微笑みかけた怜だったけれど、着信者の画面表示を見た時、一瞬だけ・・・


_____ 見ちゃったか


夜の森と灯台の方に近づくのは止めろと俺に言った時の、チラッと翳めた険しい表情だった。

鳴り続ける携帯電話。
怜は何も触らずにこちらを見て微笑んでいる。

自分の方からもその着信者の名前を見ることが出来る、その名前・・・




“ 鳴海 怜 ”





俺を見詰め続ける怜と視線を外せなくて、杯の裏の刻印を指で触っていた __________





Act 4 by mimi © ™ From far away beyond Beautiful sea.


Mimi’s Image Music* UNO by Ludovico Einaudi / Sea by George Winston / Nimrod by Elger Strings







___________ 自分が鳴海家に帰ってくるまでの時間の間



自分は灯台からそのまま廃墟のある森の方に向かい、そして・・・


元来た道を戻ったのは、道という道の無い広い森の中で迷わない様にと思った事だった。

灯台が開けた先に見えてきて、そこに居た人影に目を疑った。



________ ジャリッ

・・・チリチリ・・チリ・チリ・・・



「 ねぇ、何か探し物? 」


自分が掛けた声に振り返った作業着の男。


________ チリ・チリ・・チリ・・・


はっとしたその顔は、目が一瞬だけ合ったが直ぐに、辺りをキョロキョロし始めた。


________ チリチリチリ・チリ・・・


「 何か探しているのか? ・・・って
  ・・・聞いているんだけれど? 」



________ ヒュ ――― ・・・

   ・・・チリ・チリ・チリ・チリ・チリ・チ・リ・・・


横殴りの海風が突然吹き、顔を背けて目を瞑った。


「 おい。なんか隠してんのか? 」


目を開けると、その作業着の男は直ぐ目の前に腕を組んで立っていて、下から俺を見上げていた。

その作業着に付いている名前・・・


“ 鐸杜 ”



「 さっき、ありがとう。ここまで、送ってくれて 」


「 あぁ・・・どうしても、必要だからな。 で・・・?
  なんか隠してんだろ?って、聞いてんですけど? 」


粋がった様な口ぶりのコイツ。

コイツが必死に探しているものは、きっと今自分のポケットの中で小さな音を立てている・・・

鈴の音だろうと、歩く度に揺れ小さな音を立てていた森の中。
彼女の事を思い返すには十分なこの音と、この名・・・

鈴音

・・・淋しげな彼女の瞳は、笑った表情の中にも隠れていた。


________ さっき・・・・


この場所まで鐸杜に送られてきてから、気付くと彼はもうそこには居なかった。
その自分が来たのであろう、ここに送られてきた方角に消えたと思うそちらを見詰めた先・・・

・・・草花で埋め尽くされた草原の大地に、一本の砂利道の様に草が薄くなっている先の、太陽に輝く小石の道を見ていた。その中に、輝いていた物が有り拾っていた。



鈴・・・


小さな釣鐘型のその鈴は、白猫が付けていた物と同じ様だと、思い返していた。
昨日の夜部屋に遊びに来た白猫が、紅色のリボンと共に、首輪に付けられたこの鈴をまじまじと見て覚えていた。

猫が帰り道に落とした物だと思い拾い上げ持っていたけれど、この鈴は・・・

そうだ・・・

・・・ タクト ・・・ 

コイツが持っていた物だった。
頭の中で鳴り続け、廻り犯した鈴の音の響きと同じだと、たった今思い出した。

あの屋敷でも彼が来た時に、帰り腕を引っ張られた感覚の中にも鳴っていた、この鈴の音。

彼の物だと思える 探している仕草に、ポケットの中に手を入れこの小さな鈴を握り締めた。



相変わらず、鈴音にもだったけれど、ガンを飛ばしてくるコイツ。

その作業着には・・・


“ 鈴鐸 ”


それが、鐸杜 と名の上に入っているのを見ていた。



「 あのさ、これ、なんて読むの? 」


その 鐸杜 の上の文字を指差して聞いた。


「 はぁ? ってか、なんか隠してんのか?
  ・・・って、聞いてんじゃん。こっちが。 」


「 いいから、答えて。 」


手の中に握ったままの小さな鈴は、音を立てる事は無かった。

鐸杜は傍で息を吸ったかと思うと、すっと一歩俺の傍から離れた。


「 そうだな。お前が隠しているものと同じ名ってとこか? 」


来いよ。と腕を組んだまま歩き出した彼は、俺に構わず歩き出していた。
草の薄くなった砂利の部分。ある意味、その先まで見詰めると森の中に続く、一本の道の様に成っている部分を俺に振り返る事無くスタスタと歩き出した。

ポケットの中に入れていた鈴を握ったまま音を立てずにその後ろ姿を見ていたけれど、スタスタと歩き出し森の傍まで彼が行った時振り返り、動かないままの俺に言った。


「 おい、来いよ。って言ってんだよ。鳴良。 」


その大きな振り返った声に、微笑んだ。


「 来て欲しいのか? 」


そう少し離れた場所から、普通の声で返したけれど、潮風の音に消されていると思っていた。
鐸杜は、ズカズカこちらに向かって戻って来て、俺の腕をグイッと掴み、鈴音の家から出す時と同じ様に引っ張った。


「 ・・・そう。じゃぁ、目隠しは? 」


ずんずん進む彼に、微笑みながらそう聞いた。


「 あぁ、必要ない。 」


森に入ると少しだけ、りんどうの香りがする事はすれど、蝶子に連れて行かれた様に蒼紫色の世界が脳裏に浮かぶ、あの群生した蒼い世界は目に入ってこない。

それよりも、海の香りの方が勝っているのかもしれないと思い始めていた時、引っ張られていた手が緩んだ。

手を離されても、スタスタと歩いて行く鐸杜の後を歩いていると・・・

あの、不思議な感覚に襲われてきた ___________




懐かしい・・・



なぜか分からない、思い出せない記憶の様で・・・
ただ心が感じるだけの不思議な感覚に胸がドキドキしてきて、ポケットに入れていた鈴を握り締めたままの手をだして、りんどうの入った胸の上に置いた。


________ チリン 

ちりーん・・・ちりーん・・ちりー・・・
    ガチャガチャ・ガチャガチャ・・ガチャ・・ガチャ・・・
  りーんりーんりーん・りーん・・
    こーん・・・こーん・・こー・・・
  ジャラー・・・・ン・・・ジャラー・・ー
    カラ・カラ・カラ・・・
  カン・カン・・・カン・カン・・カン・カン・・カ・・
         しゃらーん・・シャラ・・・



その時に手の中の鈴が小さく鳴ったと思ったら、耳に届いてきたのは、ざわめく風鈴の音。

真っ直ぐに彼の背中を見詰め、後をついて歩くだけの自分。

この辺りの森は、自分が白猫について行き散策した場所とは違うけれど、同じ様に明るい森。
自分の視界にも嗅覚にもあの蒼い世界は飛び込んでは来なくても、砂利の続く森の中。足元の感覚は蝶子と歩いた時の様。

ただ真っ直ぐ先を見詰めていると、よく開けた庭の様な場所に、ガゼボが建っている。

そこにバイクが何台か停めてあるのを視界の隅に入れながら、ざわめく風鈴の音がどんどん大きくなって行く先・・・


建物が1つ見えてきた。



“ 鈴鐸 ”



鐸杜の着ているその作業着に書いてある名前・・・

白い銀色の文字が掲げられた


“ RINDOH ”



______ りんどう ・・・



燻し銀の様な鋳物で一文字ずつアルファベットがら並べられた、その文字に・・・


「 りんどう ・・・って読むんだ。 」


思わず、前を歩いている鐸杜に向かって言っていた。

鐸杜は一瞬だけ振り返ったと思うと、その中に入って行き、うぃ~す。おつかれ。とそこに居る人達に声を掛けた。


_____ 社長、お疲れさんっす。


手を止めて頭を下げられている鐸杜を見ていると、その鐸杜の後ろ。

・・・その壁全体が白い光に包まれた様に明るく光っていた。



その壁全体に並んでいたのは、鈴・・・



無数に並ぶ小さな鈴に、様々な大きさの釣鐘型の鈴も丸い鈴も、風鈴も・・・音を奏でる鈴がたくさん白い銀色に輝いていた。


「 おい。ギャラリー行くか? 」


顎で俺を呼んだかと思うと、傍に居た人が鐸杜に声を掛けていた。

_____ 社長。お客さんっすか?

じゃぁ、お茶かコーヒーでも。と言っている、若いその男。皮の手袋を外して、オイ、お茶っ。と振り返って言うと、へい。ただ今。と何人かが立ち上がった。


それぞれの作業着には、名前が入っていた。けれど、彼らに見覚えがあった。


あぁ、灯台に居た・・・


________ 鐸杜。待たせたな


そう言って集まっていた彼らだと思い、その工房全体を見詰めていた。


「 あ~、お茶? ん~要らねぇか。 
 俺コーラがいい。じゃ、鳴良は? 」


そう返した鐸杜に、じゃぁ、同じでいいよ。と返しながら・・・実は、鐸杜に頭を下げていた男達の作業着から、目が離せないで居た。



鳴沢 鳴山 鳴島 鳴川 鳴田 鳴野 ・・・


広い工房の向こうにいる人たちは見えないけれど、鐸杜の傍にいる人の名前が、全員・・・

俺や怜と同じ・・・


“ 鳴 ” の字が付いている



鈴音の乳母が言っていた _________. . .



『 ・・・貴方様は、この家系 鳴りの字の家系でございますよね?

 しからば、ここの誰もが貴方様の事は、見えては居りますよ ・・・』



その言葉・・・




「 オイ、鳴良っ。 」


鐸杜の声に振り返ると、ホイ。っと投げて寄こした炭酸飲料。
開けるわけにいかないじゃないか。と思いながら、作業に戻る彼らを横目に、鐸杜の後に付いていった。


「 へぇ、社長? 」

「 あぁ、そうだよ。 」


ゴキュゴキュ喉を鳴らしながら、ドアを開けたその先は・・・・

蒼紫と白銀の世界だった。

Mimi’s Image Music* Dawn from Pride and Prejudice by Verona Orchestra
THE Earth Prelude / Berlin Song by Ludivico Einaudi



りんどう・・・



蒼紫色のガラスの上に照明が当たり、その上に置かれている白い銀色。

ガラスの棚が切子に成っていて、りんどうの花が輝いて咲いている花畑の様に
その上に鈴も、花器も、箸置きから、食器に至るまで、綺麗に並べられ、白く耀きを蒼いガラスの切子の花に光の影を落として、その光の影が下の段の白銀のものに落ち、その下にまた光の影が落ち・・・

ガラスの蒼を通して、下に行くほど、蒼が濃く・・・

上に行けば行くほど白い光の影が、幻の様に上に浮かぶ・・・


スゥ―・・っと息を吸うと、森の木々の香り。


「 森の匂い・・」


ぼそっと思わず言ったその一言に、カン!と飲み干した空き缶を、自分のデスクだろうか、同じ様に蒼いガラスと白銀の足で出来たデスクに置いた。


「 あぁ、俺の名前、鐸杜だからな。 」


鐸杜の “ と ” は、森の木へんに土。そんで杜。だから、森の意味。
んで、鐸の鋳物の意味が、銅。だから、当て字で・・・

・・・株式会社 りんどう

そう漢字の説明をしてくれていた。


「 あぁ、それら、触んじゃねぇぞ。 」


棚の上に綺麗に並べられた物に、指を指していた。


「 大丈夫。触らない。でも見てもいいかな? 」


それは、全く構わねぇぞ。との言葉に “ ギャラリー ”と自分の社長室の事を呼ぶ・・・

この男、鐸杜には・・・

繊細な心の持ち主なんだと感じ、心が温かくなる想いで彼の蒼い部屋の中を見て回った。


小さな鈴も、風鈴も、食器も、花器も・・・


白く幻の様な輝きを、りんどうの花の様な蒼いガラスの切子に照らし、触ったらとても冷たい質感だろうと思える 磨き抜かれた白銀の色。でも、その形がとてもシャープなモダンフォルムで、シンプルなのに温かく、このカップ1つにとっても、手にしたらきっと持ち主の手の中にピッタリと納まり、いつまでも飽きが来ない、いや・・・大切な存在として、いつまでも残るのだろう。

割れる事も劣化する事も無い、錫の金属で、銀の様に手入れがそこまで必要でもなくて、きっと持ち主がこの世に存在しなくなっても、また次の世代に継がれて行き、永遠の時の中に永遠に絶える事の無い数々の思い出をその人の心に残してゆく事だろうと、思いながら見ていた。


「 ねぇ、ここにあるのって、彼らが作ったの? 」


鐸杜から少し離れた棚の前で、ガラスの下を覗きながら聞いていた。


「 あぁん? なんだって? 」


ガラスの棚の下から覗くと、“ 鈴鐸RINDOH ”と刻印が小さく控えめに刻印されていた。
それがとても、この雰囲気を邪魔していなく控えめな文字の大きさに目を凝らしていた時だった。

顔を上げ彼の方を見ると、デスクの下からライトが付けられ、蒼く白く輝く彼のデスクの上には・・・
輝きながら咲くりんどうの花が浮かび上がっている。

白革の社長椅子は綺麗なままで、着ている作業着も汚れてはいない。

その椅子にあぐらをかいて座り、PCに向く鐸杜。



・・・いや、違う。



そう思ったのは、鋳物加工で汚れた作業着や手袋は、後ろに離れて置かれていた。


「 これ・・・もしかして、君が作ったの? 」


くるっと椅子をこちらに向けて、フッと鼻でニッとは口で、腕を組んで笑いながら・・・

でも、その目元は・・・鈴音を見ていた時の様な、愁い・・・


自分の心がまた、森の中での幻想に感じた時の様に、締め付けられる様に切なく成っていた。



「 あぁ・・・ ここの部屋のは俺が作った。
 鳴良、お前。なんかイチャモン付けようってのか? 」


はぁん?と、別に喧嘩を売りに来たわけではない。それよりもっと・・・
彼の心の中が本当は、とても控えめで温かい奴だと思えた。

きっと悪いヤツラと群れているのは、そいつらを従えるのも、職与え、きちんとした生活も与え、コイツはしっかり人の事を考えていると感じていた。


“ 子供のする事だ ”


・・・そうは、怜達が思っていても、俺はそうは思えなかった。


“ 子供の方が、厄介だろ ”


怜は知っているのだろうか・・・
鈴音の兄である怜のその言葉は、鐸杜の事も知っているだろうと思えていた事だった。


厄介だと思っているのは・・・

ここが観光地として栄えたなら・・と望む、俺達のプロジェクトには必要なことなのではないかと、その何故厄介だと思っている事に、疑問が湧いた。

きっと自分にはまだ知らない、厄介な事があるのだろう・・・

だから何も口には出さず、ポケットに手を入れた。



________ チリン・・・


その音に鐸杜が ふっと表情を変えた。
俺を凝視したまま、でも真面目な顔に成っていた。


「 あのさ、これ・・・」


チリチリと、ポケットに入っていた鈴を取り出して、振って見せた。


「 やっぱ、隠してたんじゃん。鳴良。 」


「 まぁ、これ灯台のところで輝いていて、近づいたら鈴だったから
  白猫のだと思って拾っていたんだ。でも、君があそこに居て・・・
  あぁそうだ。バイクの鍵に付いてたって、気付いたのはさっき。 」


んで?と手を出した鐸杜の手の平に鈴と・・・

自分の名刺を一緒に置いた。


「 鈴の中を覗いたら、小さな刻印が入っているとは思っていたけど、
  小さくて読めないな。とは、思ってた。 
  でもさ、この中に刻印する技術?・・・凄いね。 」


それで、それ。俺の名刺。と指さして自分も社長だと名乗り出た。


「 ふ~ん。鳴良って、剣って言うんだ。 」


あぁ・・・ で?はい。と自分も微笑んで手を差し出した。


「 なに?あぁ、オレの名刺が欲しいって事? 」


うん。そう。と言うと、鐸杜は俺の名刺を胸のポケットに入れて、逆に俺に手を出した。


「 んじゃ、1000円。 」


「 ん? お金取るの? 」


まぁな・・・と、返しながらここのホームページを開いて見せてくれた。
そのホームページには、ここの工房以外に・・・・

世界的に有名な数々のデパートやギャラリーの名が連なっていた。


「 あぁ~。だからなんか見た事あるって、思ったんだ。 」


だろ?と、自信有りげな顔で、微笑んだ。

んで、例えば・・・そう言いながら見せてくれたのは、雑誌で見た事があった写真。

螺旋の錫の平たい物は、果物のフォルムにあわせ、スイカなら大きく広げたり、メロンはメロンで長細い球状に、リンゴの1つもその錫の螺旋がフィットする様に小さい球に曲げられる。触るととても柔らかくて・・・

自然から取れた恵みを、とても美味しく大切に熟すまで置いておける様な構造も

平たい小皿は、淵を波状に曲げて石鹸を置いたり、料理に合わせて形も大きさも変えられる。


使う人の事を考えて、使う人に合わせる構造がすごいと思わされた事・・・

自分が社長業を引き継いだ時、初めての社長室で読んだNewsWeekにTimeの雑誌。
国際デザインコンクールの賞を取った中のリストに目が留まった自分。
鐸杜が今見せているこれらの写真が載っていて、日本の名前が入っていて、その記事を読んでいた。

でもRINDOH と書かれていたかは、覚えてはいなかった。


「 まぁ、でも今 現金も何も、カードも持ってないよ。 」


んじゃ、後で支払え。と言いつつも・・・


「 あぁ、オレの名刺。錫で出来ているからな。
 足で踏んだり、尻に敷いたら、オレの名前は潰れて消えるからな。
・・・いいか、鳴良。 大事に扱えよ。分かったな。 」


その言葉にも・・・

社長としてぞんざいな扱いをしたら、勝手に手を切ると言う事だとも感じ・・・
それに、白い皮の椅子だって青い切子の棚だって、何もかもとても綺麗に使っていると言うよりも
物の心を感じて、物を大切に扱い、自然の恵みも自分はぞんざいにしないという彼の想いが込められていると、ここでの全ての物に人に、感じていた。


________ チリン


鈴の音に気が付いてPCの画面から目を離すと、バイクの鍵に鈴を付け直していた。
それを見ていると気付いたのか鐸杜が言った。


「 これな・・・オレが初めて作った物。 
 だから、なくせないんだよ、この鈴だけは・・・」


チリチリと目の前で振りながら、ジャラっと錫でできた小物置きに置いた。
その中にタバコが置いてあった。


「 鳴良。お前、ヤニ吸う奴か? 」

「 いや、普段は吸わないけど・・・」

「 じゃ、時々シチュエーションに合わせて、ってヤツ? 」


うん。そう。と素直に言うと、大変だな~、コーポレーションの社長ってのも。めんどくせ~~と言いながら、タバコを取って立ち上がった。


「 じゃ、付き合え。 」


ほらよ。と箱を揺すって一本出されても、灰皿は見当たらない。


「 あぁ、外。ここは禁煙だからな。 
 それに、オレやアイツラが作ったものを灰皿にするなんぞ・・
 
 ・・・アイツラの顔に、焼きを入れてるみたいで、オレは出来ない。 」


あぁ、あと。オレの物を灰皿に使いやがった社長に鳴良が会ったら、そいつとは手を切れ。契約するな。との忠告に・・・


「 ふふっ・・・うん。分かった。 」


Act 8-Just started shooting Lunch time at  gazebo by mimi © ™ From far away beyond beautiful sea.
mimi's Image Music * Silver Inches by Enya / Schndler's List by Zeltbergue Symphony





ガゼボの方に歩きながら、話していた . . . ____________________________

                      ここを出る前・・・

_____ 外で話してっから、用があったら電話な。で、風鈴の試しすんな。聞こえねぇから。

との従業員への託け。 OKっす。社長。と返す彼らの言葉を聞きながら歩き出した。


ガゼボの周りにきちんと並んで停められているのは、従業員たちの律儀な心の現われだとも感じ、ガゼボの向こうからは、騒がしい風鈴の音がしない今・・・

ガードレールの向こうに、波の音が聞こえていた。


「 そういえばさ、君の父親から、ここを継いだの? 」


自分が話し出したのは、自分も怜も、そして山延もそうであり、ただ単に何気なく聞いただけだった。
ライターを差し出されてスゥっと吸い火を付けると、自分のタバコに火を点けて、ふ~は~ぁ~~と煙を鐸杜が吐いた。


「 いや? もしかして・・・
 一代で築いた・・・?ってとこか? 」


そんな風に感じたのは、錫で出来た看板も建物も、窯から何から古く無いと思ったからだった。
看板にいたっては控えめで、NewsWeek誌に出ていたのを見た時、都内にあると思っていたほどモダンな物。


「 フッ・・・ 」


煙と息を吐きながら、笑った鐸杜。
自分もふぅ・・と煙を吐いて、灰をどこにポンポンしようか、キョロキョロしていたら、鐸杜はガゼボの中を指差した。


「 森に絶対ポイ捨てすんなよ。 」


燃えたらえらい事になる。と言いながらガゼボの屋根の下に入ると、そこに置かれた石造りの丸いテーブルの上には灰皿が置かれているが・・・

素焼の灰皿が、たくさん並んでいた。

その素焼の灰皿にはそれぞれ・・・


鳴沢 鳴山 鳴島 鳴川 鳴田 鳴野 鳴・・鳴・・鳴・・・・


名前が彫られて入っている。



「 あ~! 鳴良~! お前の・・・
  ・・・ここに、ねぇな。 」

ははっ、ざ~んね~ん・・・


そう言いながら、どれでも構わねぇよ。と手の平を上に向けてテーブルの上を指した。



森か・・・

森がもし火事になったりしたら、全てが失われてしまうとは・・・

もちろん鈴音の屋敷もだけれど、他にもここに住む人達も居るのかも知れないと思う事よりも、きっと鐸杜が言いたいのは・・・


何百年と時をかけて育って来た樹々や草花に、動物達

この美しい光景の中の、豊かな自然が一瞬にして歴史の幕を閉じ、新たに森を再建したいと思っても、それにはまた何百年と、火事を見た人々がそしてその孫の代にも、きっと同じ森を見る事は出来ない位、時間が掛かるものだと言いたいのだろうと思って・・・

鐸杜をじ――っと見てしまっていた。


「 ・・ぁんだよ? ま、そうだろ? 」


な~。燃やすのは窯だけにしろ。って言ってんだよ。皆によ。そう返す鐸杜も、どれでもいいらしく、と言うか誰も文句が言えないだろうな。とは、彼の讃えられた功績と、切れる思考に、温かい心に、結束の様な心の繋がりに、それに自然や人が作ると言う努力を見ている証拠に全ての物を愛する心を感じて・・・


・・・愛する心 ________ . . .

そういえば・・・



「 ねぇ、君って、鈴音の彼氏? 」


鐸杜がポンポンしている灰皿は、自分の所からでは背に成っている場所に名前が入っているのか、見えなかった。


「 ・・・フッ・・・そう思う?
  まぁ、鈴音とは、そうだな・・・昔から・・・ 
    ・・・っ鳴良。お前・・・」



________ シャラ・・シャラ・・・



突然成った風鈴の様な鈴の音。


森の中にはらはらと、それでも自分の意志で落ちてきた様な下に落ちる木の葉に、風が無いのに風鈴が鳴った様に聞こえて辺りに一瞬だけ視線を動かしていた。

でもそれは鐸杜の電話だった。その鐘の様な音に鐸杜は着信相手を見ていた。

さっき、用があったら電話しろ。と従業員に言っていたのだから、掛かってきても不思議では無かった。



ザ―――・・・

      その波の音に・・・


サ―――・・・

      その風の音に・・・


潮風が森の中を通り抜け、落ち葉が落ち始めてきた。
その自然の音の中に、もしもし。と電話に出た彼の声を聞きながら、右手でタバコを消して立ち上がった。


「 もしもし、オレ・・・
 ん?今?そうだな・・・」
 

話し始めた鐸杜に、じゃぁ帰るから。と手を振った。
鐸杜は電話の相手の話を聞きながら、立ち上がった俺の顔をジ――っと下から見ていた。

その瞳が突然、険しく成った様に見えて、ニッと笑ったかと思えたその表情には、自信がある笑いだった。

突然俺の腕をガッと掴んで引き止められたので驚いていると、ニッと笑っていた瞳が瞬きをした瞬間に鋭く獲物を追い詰める様な目に変わっていた。


ゆらりと立ち上がった鐸杜は、鈴音の頬に近寄った時の様に俺に近寄り、耳元にその電話を近づける様に話した。


  「 今、ココには誰も居ないから・・・ 」


_____ ふふ・・・そう・・・
   


聞こえた声は女の声で、鈴音の声に似ていると思えていた。


フッ・・・


鐸杜の笑った息が頬に触れると同時に、電話を耳に付けられた。


_____ 明日ね、夜噺のお茶会を・・・


その声に、思い浮かぶのは蒼紫色の世界だった。
蒼い空間に真っ白な幻と、朱色の唇が動いて声を出している・・・


・・・鈴音の声


掴まれていた腕をグッと握られて、俺の耳元に当てた電話に話す様に、鐸杜は俺にも囁いている。


「 いいよ。 客が欲しいんだよな・・・」


_____ えぇ、そう・・・


「 何時? 」


_____ そうね、月が出始める頃・・・


「 じゃぁ・・・ 」


そう言った鐸杜は顔を寄せて、行くって言え。と小声で俺に言いながら、掴んでいた腕をぎゅーっと握っていた。


「 じゃぁ・・・行く。 」


俺が声を出すと鐸杜はそのまま電話を切り、ガゼボの外に歩いて出て行った。



________ チリン・チリン・・・チリチリ・・・


鈴の音に、風鈴の音に・・・潮風の音と・・・

今聞いた、彼女の声に、目を瞑った。



「 もしもし、オレ・・・ 」


後ろ向きの鐸杜がもう一度話し出したのは、鈴の音は電話の音だったのか と、目を開けた。
確かに彼は小物入れに鍵を付けた鈴を置いていたと、頭の中で確認していた。

鐸杜はこちらに振り返り、もう一度俺を見ながら笑った・・・




「 ・・・じゃぁ、すぐ行く。 

    ・・・沙夜 _____ . . . . . 」





チリ チリ チリ チリ・・・

シャラ・・シャラ・・シャララ・・・・

チリ チリ チリン チリ チリン ・・・・・




鈴の音が聞こえてくる様で



さっき鈴音の屋敷の中でも、彼からの鈴の音と、彼女から聞こえた鈴の音と、白猫から聞こえた鈴の音と

ただその音だけが頭の中をまた、廻り出し・・・

腕を掴まれた感覚が残っている事を、頭の中で確かめながら・・・




「 じゃぁ、鳴良。 迎えに行ってやる。 」



森の中で存在しないと思えた自分は、また幻の様なあの世界に入ってもいいのだろうか・・と・・・

群生する りんどうの向こうに足を踏み入れる事を躊躇った自分が居た、昨日までが・・・




「 あぁ、名刺は・・・・

 ・・・・フ・・いや、東京に送ってやるよ。 」



俺の名刺を胸のポケットから取り出して、サ―――・・っと潮風が吹いた音と共に舞い落ちる


深い紅色に・・・


明るい朱色に・・・


赤に染まった彩とりどりの紅葉が舞い散る中・・・


傾いた太陽の夕日に染まる海の反射と、黄昏に染まる淦い空の色・・・


赤い世界の中に、鈴の音を鳴らす事無く、足元に広がるその赤を、舞上らせ走り消えて行った。






怜とバルコニーで見た夕日がこの森を紅色に染めていたっけ・・・・・






________ 懐かしい・・・・


蒼い世界のこの森に足を踏み入れた自分が感じる、心の中は・・・
 
           



・・・ なんだろう . . . ____________







星が輝き始める、蒼紫色の空に成る前に


この森から・・・
        出なくては・・・・・





Act 8-Red Maple leaf Back Stage by mimi © ™ From far away beyond beautiful sea.


Mimi’s Image Music* Divenire by Ludovico Einaudi








_________ ガオン・・・ブルルル・・・・


「 ・・・ったく、なんだよ。 」


東京と違い、山道にたった一つだけある信号に引っ掛かっていた。

一応の国道である為、時々たっま~ぁ~に気まぐれに流通トラックとか通るんだろな・・・ ぐらいにしか思っていない。

国会議員秘書という立場である以上、まさかの国道を信号無視!政界の行方は?・・・な~んて、変な事。
もしゴシップ誌にでも書かれた日には、父から絶縁されてしまうだろう・・・。

自分の先行きも暗いしな・・・


・・・そんな事を考えながら信号待ちをしていた。

以外な暇つぶしは、以外に長い赤信号に、以外に楽しく・・・


あれ?と気付く・・・以外な人も真横にすっと現れて、信号待ちをしていた。


________ ウィ~ン・・・


「 あれ? 大先生じゃん? 」


自分の隣で信号待ちしているバイクの子に話しかけた。


「 ふ~ん。 フェラーリ? 」


「 そっ。社長業の時だけ。東京じゃ速度制限遅いし、渋滞が多いからね。
  ま、後は・・・シチュエーション的に・・・ 色々あるけどさ。 」


「 まぁ、オレも世界中呼ばれて、見てっけど・・・ 」
  

「 だろ? イタリアとかも山中が似合ってんだよな。麗しい彼女。 」


ポンポンとハンドルの上を叩いて、いい子いい子して見せた。

車を男は女と見立て、女は男と表現するのも・・・
フェラーリの国のいい表現だと感じている。

無言で何かそんなシチュエーションでも見た事あるのか・・・指を鳴らして人指し指をさしてきた。



「 どこ行くの? 」


「 はぁん? 関係ねぇだろ。 お前はどこ行くんだ? 」


「 だよね~。俺も言いたくないし・・・」


「 だろ? 分かれよ、社長の癖に。 
  ・・・いや、国民の気持ちを解れってんだ。 」


「 なるほどね~・・・それじゃ信号の長さの事も・・・ 
  うちの大先生に言っておくよ。
  議員秘書としてでなく、息子としてでもなく・・・

________ パチッ
 
      ・・・・国民の意見として。 」



人差し指を向けられ、なにがしかムッとした。なので同じ様に指を鳴らして指し返す。 
・・・ちっとも大人じゃない俺。

議員秘書としては、フェラーリもアルファロメオもマセラッティも乗れない立場が、めんどくさ~・・っと思う。なので、いつか議員に成ってもエコ車に乗っていい人アピールもこなす傍ら、社長業だけは辞めないつもり。

大切にしたい、麗しい彼女の乗り心地・・・・ ふふっ。

それに・・・


だって、子供の時に持っていたおもちゃ。


・・・今の俺にとっては、実物大


全ての世界があの時の夢のまま・・・


・・・コイツだってきっと _____________




________ バォン バォン・・・・


「 じゃ、またな・・・ 」


バ ―――・・・っと横から走り去ったバイク・・・


「 あれ? 」

       ・・・に、信号が青だったと気付いた。


指を指したままだった自分が、新たに向けたその指の先は、舞い散る木の葉の中を走っている目の前のバイク。




・・・・いいか、フェラーリに勝てると思うなよ __________





ふ―っと息を吐いて、ニッと笑った自分は・・・


________ ウィィーン 


スモークを張った中の見えないその窓を閉めていると、鏡の様に写っていた。


窓の外の舞い落ちる・・・


「 落ちるなんて言葉・・・ フッ、俺に似合うわけ無いんだよ・・・」


山道を舞い散る枯葉が、閉めた窓から見えるはずも無く__________




“ 枯れ散る ”  それにもな・・・







Act 8-Falling leaf Back Stage by mimi© ™ From far away beyond besutiful sea.

Mimi’s Image Music* Primavera by Ludovico Einaudi






_________ 料亭からの帰りの車中の事 


『 山延の事だけど・・・ 』


竜胆の生薬についての話から、そう剣に言い掛けたけれど、確証のあるものではなかったのと、ただ単に自分の仮定で物事を話す事は・・・

仕事のパートナーとしても、信用を失いかねないと思い途中で止めていた。

鳴良家の担うコーポレーションの中の一社長としての剣と、その会長である一代で築き上げた剣の父親。
自分の政治家生命にも、企業の社長としても、剣との信用は必要不可欠だと落ち着いて考えた。

血族がどうとか、そんな事は問題ではない。

ただ単に、一人の企業を担うトップとして、受け継ぐものがあったから、良いところに生まれただけだ。なんて、誰にも言わせたくも無いプライドが自分を時に苦しめていた。

でも自分でもそれが出来ると・・・

たくさんの事に耐え忍び内にだけ秘めて、顔にも出さずにやって来ていたと思う。だから・・・

もしも、自分の事を考えたのならば ___________ . . . .



「 なぁ、剣。 」


「 ん?なに? 暑っつ~・・・」


迎えに寄こした車はリムジンだった。
リムジンのバーカウンターの冷凍庫を開けて、大きな塊の氷をグラスに入れその上からウィスキーを注いだ。

窓の冷たいのを利用しているのか、こめかみを窓に付け、暑っつ~と言ったそのままだな。と思える、ネクタイを緩めてシャツのボタンを片手で開け出した剣を見ていた。


ちょっと飲ませすぎたか?


そうも思える、剣が静かに目を瞑り静かにそのまま眠ってしまいそうな顔。

ふぅ~・・・と大きく息を吐き出し肩で息を吸ったかと思うと、組んでいた足を前に伸ばし、大きな手で隠しているから見えないけど、あくびをしている。

目を開けた剣だったけれど、その瞳はトロトロしていて、でも幸せそうな顔をしていた。


「 お前ってさ、彼女いる? 」


「 ん? 居ないよ。 ん~まぁ、強いて言えば仕事ってさ・・・
  よ~く、このぐらいの年の未婚男の言う、いい訳かも知れないけどさ。 」


「 ふ~ん。じゃぁ、好きな子とかは? 」


「 ・・・・。 」


ぱちっと目を開いてじーっと剣が俺を見詰めていた。
なるほど、その反応は居るってわけだ。・・・そうも思っていたけれど、自分が入れていたウイスキーのグラスに手を伸ばしたから、冷蔵庫からトニック・ウォーターを取り出して、ハイボールに薄めて手渡した。


「 ん~、冷たい・・・」


冷えたグラスを目を瞑った頬に当てて微笑みながら、ふふっとくすっと小さく微笑み続ける剣。

きっと何かいい思い出が、その好きな子とでもあるのかどうか・・・

剣の連れて来る彼の秘書は男ばかりだったから、会社の中に居るのかどうかは分からないな。
そう思いながら自分はストレートでウイスキーを飲んでいると、ぱちっと目を開けてグイッとハイボールを飲み、はぁ~・・と言いつつ今度は額に冷えたグラスを当てている剣を見ていた。


「 ん~、そうだな。好きなのかどうなのかは分からないけど
 ちょっと、気になる子はいるけど・・・って程度だな。 」


何で、急に?と聞き返してきた剣は、先ほどの火照りは少し治まったのか、真面目そうな顔のわりに、傾げた首の角度が見た事ない程、女の子に甘える時の様な微笑みを携えた・・・

イワユル・・・
自分が女の子に甘える時に使えるかも。と思えたお手本の様だった。


「 いや、別にこれと言って・・・」


そう言いかけてみたけれど、酔った剣を今まで見た事が無かったから、今がチャンスなのかもと思い始め、思っていた事を話し出した。


「 あのな・・・」


うん。どうぞ。と片手を出して話を促しつつも、グラスを傾けている剣。
視線を合わせると、自分と合っているのかどうなのか分からない様な潤んだ瞳だった。


「 昼間、蝶子の相手してただろ。それでさ・・・ 」


うんうん。で?と相槌を打つ彼は、まぁまぁ聞いているのだろうと思えた。


「 うちの母親。蝶子にももちろん先生として見ていたけどさ
  実は、お前を見ているんじゃないかって、思ってさ。 」


えっ・・・?と言う剣本人は、全く気付いていなかったのだろう。 
どうして?と、また・・・甘える様に首を傾げていた。


「 確かうちの緑の紹介で山延と蝶子を会わせたけど、母親も蝶子も
  ・・・・どうなんだろう? 断ったと確か言ったと聞いたけど。 」


あぁ。初日に言ってたな。確かに・・・んで?と、聞き返す剣は全く意味が分かっていないと思えた。
まぁ・・・まぁまぁの酔っ払いなので、ズビャリと言ってもいいのかどうなのか。判断しかねる半分ずつ。


________ トク トク トク ・・・


「 まぁ、飲め。 」


ハイボールの入っていたグラスを取り上げ、オンザロックのグラスを代わりに差し出した。


「 はい、剣。かんぱ~い。 」


_________ カチッ


剣に持たせたグラスに自分のグラスをむやみに合わせ、さぁ、飲め。と促した結果・・・
ダブルショットを一気に飲み干した剣。

自分もそれを見届けて、グラスの残りを飲み干した。



その勢い借りて・・・



「 なぁ、剣。 俺と義兄弟に成るのって、嫌? 」


剣はグラスを唇に当てたまま、目を瞑りフッと聞こえるほど大きく鼻で笑ったかと思うと、俯き加減に目を伏せて、グラスから離れた剣の唇が動き言った事は・・・



「 そうか?それは嫌じゃないけど・・・

  俺・・・
    お前の妹が好きかどうかは・・・

  ・・・まだ分からないけれど? 」








_______ じゃぁ・・・ そういう事で・・・



心に思ったその事は、自分のこれからの社会での位置付けに、もっと力強い味方を一生手にすることが出来るとさえ思える事だった。

商談の時によく向ける自分のこの笑顔。今まで何も断られた事はない程の自信のある笑顔のまま、フッと心で笑っただけで、剣の手から空のグラスを取り上げた。

揺れる車とダブルショットに、ぐるんと急に回ってきたのか、手で胸を押さえて微笑みながら目を瞑った剣だった。


「 どうした? 苦しいのか? 」


動悸か息切れか?と思っていたけれど、酒が顔に出ていなく顔色はいいし、柔らかい笑みを浮かべたままだった。


「 いや・・・
 あぁ・・・そうかも・・・」


えっ!大丈夫か?
急に心臓発作とか起こした日には、剣の事もだけど・・・

・・・俺の人生設計も崩れるかもしれないじゃないか。


途端にかなり心配に成って、顔を覗き込んでみたが、別にこれと言って息が荒くなったり、顔色が悪いわけでもなさそうな剣の様子。むしろ・・・


めちゃめちゃ・・・

・・・幸せそうかも・・・。


でも、こいつは幸せそうな笑みを浮かべて死にそうだ。と思えるほど、苦しんで死ぬ事を想像出来ない男のような気がする。とさえ思えていた。でも剣は・・・


「 そうだな・・・
  心が苦しいのかも・・・」


・・・そう言ったまま目を閉じて、スゥーっと寝息を立て始めた。



なんだ、違うじゃん・・・。

ま、いずれにせよ、恋愛感情が生まれても生まれなくてもさ・・・・





_______ 剣・・・


お前も、俺と同じ様に・・・


恋愛と結婚は別だと思える様な日が来るよ


いや・・・


その日を楽しみにして . . . ____________




「 フッ 」


少し時間の掛かる家に着くまで、このなにやら柔らかく微笑みながら瞼を閉じた幸せそうな表情に、何かを思い出しているのかと・・・

眠る剣の横顔は髪が顔に掛かっていて見えないけれど、その表情を見詰めて微笑んだ。






俺だって、その心が苦しい感情は・・・

人を愛する事だとは、知っているよ ___________






街灯りすら遠いこの暗い森の道で、スモークの貼った黒い窓ガラスに映った自分の微笑みに・・・


心の中から、心地よく深く長い息を吐いて、自分は・・・


自分の為だけに、もう一杯グラスに注ぎ、窓に映る自分に向けた。






Act 4-Scene 4 by mimi © ™ From far away beyond beautiful sea.

Mimi’s Image Music* Clair de Lune by Antoine Coercy / Nefeli by Ludovico Einaudi







赤く、黄昏と人が呼ぶ その彩に・・・



窓から届くその赤い夕日の光の中、怜と2人でダイニングルームで食事をしていた。



夕日の赤が濃くなって ガラスのコップに透き通る水の色さえも、赤く長い影となり、白いテーブルクロスの上に伸びゆく赤い光の影・・・


こんな時間に何故2人で食事をしているかと言うと、鳴海夫人人と蝶子は、お月見の茶会準備に勤しんでいた為だった。


怜も自分も今夜はこの後、用事があると朝から話していた ___________




昨日の夜は怜と料亭に行き、幻の名酒をおかわり出来る程常備していると怜に勧められてかなり飲まされた上、帰りのリムジンの中ではウイスキーを飲んだりしたから、ぼーっとしたまま朝を迎えていた。

今朝女中に連れて行かれたのは、客用の居間ではなく1階の外・・・


「 朝の爽やかな空気の方がいいかと思ってさ・・・」


あくびをしながら正面の庭に面したパティオに来たのは、蝶子ではなく怜だった。


「 ごめんな、夕べは飲み過ぎたな。 」


きちんとスーツを着てはいるものの、頭がぼーっとしているのだろう・・・
怜もこめかみを片手で揉んでいた。

メイドが差し出してきたのは、エスプレッソカップ。

怜が伝えたのだろう・・・そのエスプレッソの苦味にまた、2人で頭を押さえながらの朝食だった。




あれから・・・




客用の居間に入る機会の無い今日一日だった。

気に成っていた暖炉の上にある燻し銀の花瓶が、銀ではないのかと確かめたくもあったし
なにより・・・

鐸杜が手掛けた物なのかどうか・・・


大きな花瓶にたくさんの花がアレンジメントとして生けられているのには、水の量もたっぷりで持ち上げる事は2人がかりでないと無理だろうとは思っていた。

ただ錫であるという事は、銀であれば触ってはいけないと思うも、近寄って目を凝らせば・・・

昨日、鐸杜のギャラリーでじっくり見たから分かるかもと思える程度。

蒼い光に照らされて、白く光を浮かび上がらせていた、鐸杜の創った物は・・・

工房の中では見る事が出来ない位 洗練され輝いていて、丹念に時間を掛けられてまるで、愛しいものを愛でる様に・・・ その技術の高さには、彼の心が鏡の様に表されているかとさえ思えた事だった。

世界で注目を浴びた鍛錬で繊細な技術と、その技術を学び中の者の作った違い位であれば、自分でも分かるかもと思える程、ずば抜けていた事だけは明らかだった。

手の中に握っていた純錫の鈴は、純銀と違い色を変える事無く、彼の目の前で振って見せた時白銀に輝いていた。錫ならば触っても大丈夫だと思えるけれど・・・・・




でも今日は一日、本社からメールで届く資料をPCで読んでいるだけでも、画面に目が回りそうで仕事の事は考えられないでいた。

でも考えられなかったのは、他の理由だったのかもしれない。



頭の中に思い浮かんでくるのは、蒼の世界・・・



PCを開けたデスクの上で香る、一輪のりんどうの花。

足を踏み入れる事が出来なかった蒼い世界が下に広がり、木漏れ日が揺れ動く中に白く輝いた幻の彼女。

鐸杜のギャラリー空間で空気の色が同じ様だった事も、思い出して・・・



鐸杜の姿を隠す様に、風に舞い落ちる紅も朱も・・・ 

天女の幻の様だったあの艶やかな黒髪に、風にふわっと浮き上がった紅色のリボン

蒼紫色のりんどうの香りがたち込む部屋の中で、笑った朱色の唇

白猫も昨日から遇ってはいないのに、鈴の音が耳に聞こえて来る様で

自分の耳元に聞こえた電話の彼女の声を・・・


鈴の音が頭を廻り犯していた昨日までと違い、頭の中を廻っていたのは彼女の声だった。



そして今・・・

夕日の燃える様な色に世界の彩が変わる瞬間を、空気さえもが今か今かと待ちわびている様に感じる自分の心の中は、今日一日の時が早く過ぎる事を待っていたのかもしれない。

そう思えるほど自分は ___________ . . . .





「 じゃぁ、もしかしたら・・・ 」


代議士の地元活動を昼間一日、重たい頭を抱えながらこなして真っ直ぐ帰っていた怜と、早い時間の夕食を終えて立ち上がった時だった。


「 そうだな。 」


代議士も夫人も蝶子もいない二人だけの食事の方が、朝も今も今日一日気楽だった。気の置けない友とはこういう事なのかもしれないと思いながらも・・・

今夜これから この気の置けない友の妹に会う事が、言えない事が引っ掛かっている。


なぜ、この華族という家系でありながら、隠された様に暮らしているのだろうと思う事が強くなった。

彼女の名前は耳から聞いただけで分からないけれど、頭の中に思い浮かぶ彼女の すずね と云う名は・・・


・・・ 鈴音 


だろうと、この土地に来て耳に聞こえ続ける 鈴の音が・・・

彼女の名前を自分の脳裏にこう表していた。



_____ あっ、でもさ・・・うちの鳴海の家系ってな・・・
   ずっと名前に関しては続いていることがあってさ
   ・・・鳴海の家系は先祖代々皆、 令 れい の漢字がどこかについているんだよ。


その・・・


_____ ほら俺の名前も怜の左側は、命令の 令 って漢字がついているだろ・・・



自分でそう言った怜だから・・・



“ 鈴音 ”


彼女の名にもこの鳴海家の 令 れいという漢字が付いていると想像している。

蝶よ花よと表立って大切に育てられ過ぎたのではないかと思える程に、わがままな蝶子には付けられていないだろうと思える事も、自分のこの印象・・・

蝶よ、花よ・・・

この蝶であるとは・・・病床の山延がバラの様なと、花に例えた事もあった。 



_____ だからさ、あの肖像画の中の人物も、令 って漢字の入った名前だろ


令の漢字を持っている 血の繋がったこの子達の兄が言う。

肖像画に入る様な血の繋がりを与えられたのだろうと自分は考えているけれど、なぜ暗い森の中に隠れる様に生きているのだろう・・・

自分の心がそれだけで引き裂かれる様な感傷を受けている。


ざわめく風鈴の音さえも、彼女の心が奏でる悲愴曲の様で・・・

そんな彼女の心象だろうと思い描く自分は、“ 心象 ”ではなく

・・・“ 心傷 ”だろうと、風の中のラプソディに聴こえてしまう ________



「 そうだ。夕べさ よく覚えていないけど
  俺・・・なんか変な事、怜に言った? 」


「 ん? どして? 」


なんか分からないけれど言い包められた様な気がしてならないのは、柔らかい微笑みの中に男でも女でも自分の言う通りに Yes と言わせてしまう交渉力を持った怜の才能は、仕事柄知っている。

まして1つだけ、見たような気がした表情をしたと一瞬だけ冷めた時を覚えていた。


_____ フッ。 息子には、もちろん付けているよ・・・


ダイニングでの食事中、肖像画の人物について尋ねた時だった。
いつもの柔らかい笑みではなく、突然見せた冷たい笑い・・・

怜の優しいあのYesと言わせる笑みがどうしても見下されていると感じる時に見せる顔、その商談相手を威圧する様な、何の感情も持たない冷たい瞳で真っ直ぐ見ている笑顔。

でもその笑みがあったと見た気がするだけで、全く自分では覚えていない料亭を出た後の事・・・。

屋敷に戻って来てから階段下で、じゃぁね~っ。と、一人で飲んでいたのかと思える程、怜もめちゃめちゃご機嫌で上と下に別れた事だけは、少し寝た後だったから覚えている。


でも、このちょ~ゴキゲン。

怜のご機嫌は、ただの酔っ払いのゴキゲンだったのか。
自分が感じたのは商談が上手く纏められた、こちらの“ ご機嫌 ”で飲みに行く時の表情の様だった。


・・・と言っても過言ではないと、酔っ払いの俺が思った事。


全く自分のこの直感はあてに成らないかもとは、仕事柄直感の鋭さは父から受け継いだものであると自分に自信があるほど、一代で築き上げた自分の父親の直感能力を尊敬している。


だからこそ思う・・・


鈴音に関してだけが、思考が止まるほど心の中に風が舞い起こす何か。

海風が紅色の朱色の紅葉を舞い落とし、淦い夕日の黄昏の光の中に、駆ける足元が紅葉をまた舞い上らせた・・・

赤い世界



鈴道 という幻の名の様に、この場所の・・・

りんどう の群生する蒼紫。木漏れ日を揺らす風が浮かび上がらせた幻想の様な・・・

蒼い世界



白い幻の彼女は・・・



明るみに出しては成らないと暗い世界に押し込められているとだけ、自分の直感が言っていた。




Act 6-Scene 5 by mimi © ™ From far away beyond beautiful sea.
mimi's Image Music* Moon Light I..Adagio sostenuto by Claudio Arrau






満月の顔を出そうという時間の空は、黄昏という感情に見合う程の色が海に消えない内に、東の空を明るくしてきていた。

星の煌き出す蒼紫色の空を残す事無く、その空を明るく照らしていた。


その光景の中、灯台の方に向かっていると、バイクが何台も停めてあるのが見え、
あの中に鐸杜が紛れているのかと、そちらの方に向かって行った。

灯台に明かりがその時灯され、眩しい光が遠くの黄昏色の海を照らし出し・・・



「 おっ! 鳴良、来たな。 」


黄昏色の影を背負いそこに屯っている皆は、昨日工房で見た人ばかりだった。
それぞれの灰皿がガゼボにあるぐらい、殆んどの奴がタバコを吸っていた。鐸杜の一言で、みなポケットから出したのは、携帯用の灰皿。ポイ捨てしないこの気配りは・・・

グビッと飲み干した炭酸飲料の空き缶ですら、一人が袋に纏めている。

アルミ缶を灰皿にしないできちんとリサイクルする心が、森の中で金属と向かい合う者達の心意気を感じて微笑んでいた。

________ チリ・チリ・チリ・・

   チリチリ・・・    チリ・・チリ・・・    チリ・チリ・チリ・・・
        チリ・・チリ・・・  チリ・チリチリ・・     チリ・チリ・・・チリ・・・
  チリ チリ チリ チリ    ・・・チリ  チリ    ・・・チリ ・・・チリ


鈴の音がたくさん鳴っていた。


________ ブォン ブォン 
         ________ ブォン ブォン・・・    ________ ブォン ブォン ブォン 
  ________ ブォン ブォン
             _______ブォン・・・  _______ ブォン ブォン・・・


それと共にバイクのエンジンを掛け始めたのには・・・


「 もしかして、全員。鍵に鈴を付けてる? 」

「 あぁ・・・ 皆、最初に自分で作った物だよ。 」


_____ すんませ~ん・・・

あぁ~、なるほどね。と思いつつ、バイクのエンジン音の中 大き目の声で鐸杜と喋っていると、その言葉が背後から聞こえ、スポッっと被せられたのは・・・
怜の車と同じ様に光ぐらいしか見る事が出来ない、ブラックスモークの強く駆けられたヘルメットだと気付いた。

________ ブォン ブォン 


「 乗れ。鳴良。 」


たくさんのバイクのヘッドライトの中では見える、バイクにまたがっている鐸杜。
背後から、オイ、行けよ。と誰かに肩を掴まれた。 


「 はぁん?お前なにやってんだよ。あぁ? ・・鳴沢っ! 」


鐸杜の声は、俺に向けていなかった。バイクから降りて来てズカズカと背後の男に向かって来た。
俺を掴むその鳴沢くんの手が急に震えだしたと肩に感じたら、鐸杜の手がその震えている手をガッと掴み、ブンと空を切る音が聴こえるほど強く投げた。


「 鳴良はな・・・
 うちと取引があるかも知れねぇ、社長だぞ。 」


全く・・・・

そう言いながら、俺の腕をグイっと掴んで自分のバイクに引っ張っていく。


ふっ・・・

思わず、同じじゃないの?と強く引く腕に言いたくなって笑ってしまったが、鐸杜がブツブツ言っている言葉がメットを被されている事とたくさんのエンジン音で掻き消されていた・・・その一部の言葉・・・


“ 取引 じゃねぇか・・・ 関係 かもな・・・”


________ ブォン ブルルル・・・・


鐸杜の背中のが見えていると思っていたけれど、全員がヘッドライトを消した瞬間、目の前は何も見えなくなっていた。


「 いいか、森に灯台の光が向いた時だけ、ライトを付けろよ。 
 そうだな・・・5回。 5回でいい。それ以上先は大丈夫だ。 
 それとその間、エンジン掛けっぱなしにしとけよ。分かったか。 」


うぃっす。おい~っす。という、聞きわけの良い返事には・・・

はい、承知いたしました。と言う自分の部下と全く同じ。


招待客の集まりつつある鳴海家。人目の多いこの夜に、野点の行われる中庭からは見えないかもしれないけれど、自分が見た3階から、暗闇のこの土地にヘッドライトの明り1つが延々とどこかに向かうところ。

鳴海家の誰か一人にでも見つからない様にする為だとは分かるものの、どうして鳴海家のお嬢様が居る場所が判ってはいけないのだろうと、心が痛くなった。


高価な着物に飾られた たくさんの招待客を相手に華々しく名月の茶会を開く、片方の娘。
一人でもお客が欲しいと望むだけの、うっそうと生い茂った森の中で月が見えるのかも判らない名月の茶会を開く、片方の娘。


この2人は、それぞれきちんと鳴海家の伝統と代々の趣を守っているだけなのに、どうして違いがあるのだろう・・・


全く解らない真相が、今日部屋で読んでいた父からの封筒の中にあったのか・・・

自分が思っていたのは・・・



この真相が知りたい


鈴音にもう一度逢いたい・・・

父の残した廃墟の森で思わず摘んでしまった一輪のりんどうの花。この花を探していたかの様に、あった。と喜んでいた自分に気付いた時には、きっともう既に、彼女に逢いたいと思う気持ちが生まれていたのだろう。

それが分かっても分からなくてもいいかと言われたら、どうなんだろう・・・


自分にもそれが分からないでいる気持ちのまま東京に帰っても、怜や山延に会う時には、きっと思い出さずにはいられないと自分の心の中が感じている。


野点の準備に勤しむ姿が見える窓辺に置いた、一輪のりんどうの花と・・・

窓の外の親子の後ろに・・・・・




森に入ったと感じたのは、鐸杜の向こうに見えた、たった5回だけの光景。

灯台の明りが、森の樹々の上部を照らし、鐸杜の前を照らしたのはほんの一瞬だけだった。
ライトを付けずに走る彼は、数秒明かりが点る時だけライトを点けて先を確かめる。

森の樹々の幹だけが照らされる場所に、自分にはどこだか全く把握できるはずも無い。

5回同じ様な森の中が見えたけれど、りんどうの群生する場所は見えなかった。

小さな明かりが遠くに見えるのかと思っていたけれど、その5回を終えた後には・・・

突然目の前に現われた大きな洋館の明り。

そこが鈴音の屋敷だとは、もちろん自分でも分かっている。




________ コン・コン


バイクが停ってからメットを外していると、先にドアをノックしている鐸杜が見えた。
蝶子と同じ様に、誰の返事も無く勝手にドアを開けている。

そして勝手に入って行ったかと思うと、出てきたのは乳母だった。


「 鳴良さま、いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ・・・」


おっとりと優しい声で話しかけられると、昨日聞いた声は何だったのだろうと思えた。


「 鐸杜様からのお託を聞いておりますよ。
 そちらの枝折戸の先に、待合がございます。 」


ふふっ。鐸杜さまは、お茶器や花器にはご興味がおありでも、お点前に関してはご興味が無い事は前々から存じてますので。そう笑いながら屋敷の裏へ案内する乳母について行った。


さわさわと風に揺れる森の音に、昼間と違う明るい満月の光が木漏れ日の様に落ちてくる。
辺りはぼんやりと明るいこの夜に、屋敷のこちら側に窓が1つも無い事を見ていた。


「 どうして、窓が無いのですか? 」


思わず後ろから聞いていた。


「 それはですね・・・ あぁ、いえ・・・
・・・お知りになりたいですか? 鳴良さま? 」
 

こちらの方角に何かあるのだろうかと思えて、そちらを向いていた時・・・
乳母が立ち止まり、優しく子をあやす様に、ぽんぽんと胸を叩かれた。


「 あなたさまのここが・・・
・・・お知りに成られていますよ。 」


乳母に優しく叩かれたその場所は、自分が摘んだりんどうの花を入れていた所。

そうだ・・・

怜に胸が苦しいと言った事を思い出して、鐸杜の工房に行く途中苦しくなった胸の感覚も、
群生するりんどうの世界に見た、幻想の様な鈴音の姿にも
いや、鈴鳴り岬に来た時点で、懐かしいと感じた胸の感情も・・・


この方角に窓が無い事に関係があるのかどうかは、自分の感情が知っているって・・・


・・・なんだろう・・・・




Act 2-Scene 3 by mimi ©™ From far away beyond beautiful sea.


Mimi’s Image Music* Tea-house Moon The memory of trees by Enya
Melodia III by Ludovico Einaudi / The Light and the Longing by Lisa Lynne
Traumerei n.7 of Kinderszenen Op.15 by Moura Lympany / Schindler’s List by Tasmin Little




_________ ギィ・・・


「 どうぞ。 」


乳母に開けられた枝折戸の先に、東屋の待合が石灯籠のろうそくの灯りに見えた。


「 この先からは、鳴良さま。お一人でどうぞ、よろしくお願いいたします。
  鐘鈴(しょうれい)の音が鳴りましたら、お茶室へお進み下さい。 」


乳母が頭を深々と下げてさがって行った方向に、茶室があるのだろう。



________ ジャボ・ジャボ・ジャボ・・カコーン・・・・


ジー・・・ジー・・・ジー・・・ジー・・・



規則正しく水の流れる音と、獅子脅しの竹の音が聞こえ、鈴虫が鳴き始めていた。

目が慣れてくると、さわさわと風に揺れる竹の葉が互いに擦れ合う音に、こちら側は竹林だと見えてくる。



蒼い世界の光景が思い浮かぶ・・・



りんどうの香りの混じる心地良い風には 

葉を一枚一枚拭き水を撒かれた竹林の葉の上で

満月の明りに輝きが降り注いで落ちてくる風の作る幻想は

高い森の樹々で覆い尽くされた空の見えないこの敷地の中で

月明かりの雫は星たちが降り、ここに住む者達への、自然からの星空の様・・・



あの子は、暗闇のこの地域に見える満天の星空を見た事があるのだろうか・・・

東京と違い銀河という表現の合う星空は、自分が来た時に窓から見た空。
朝の散歩に風に揺れ動く木の葉からの朝露を頬に浴びて、手の平を上に向け見上げた自分。
青く色付き始めた青い空気の瞬間には、まだ空に残る数個の星と共に樹の上の朝露が輝いていた。

あの時・・・


・・もし・・・・
ここに来ていたとしたら・・・


なぜか懐かしいと、この胸の内で初めて感じた自分。

・・・そう・・・乳母が今言っていた・・・・・



敷地の全体が星空に成っている様な空間の中を、乳母が下がる足音も消え、1人で待合と呼ばれる東屋にて・・・


乳母が下がりながら灯し始めた、飛び石沿いの石灯籠の炎が微かに周りを明るくしていく。

間隔を置いて灯された灯篭の灯りに、月明かりの雫は赤く彩付いて、風の吹く音と共に降り注ぐ情景を見ていた。


ここの直ぐ傍の灯篭には来た時から火が入れられていて、既にぼんやりと明るく灯されてはいたが・・・


傍の石灯篭の炎を見ていた。


丈の短いろうそくは、たった一つの炎として赤に朱に紅の様に色を混交として燃えている。

夕日の淦にブランデーの紅色の光の影が伸びた先の暖炉に、赤々とした火を付け燻る炭の様に見せていた様が思い浮かんだ。



すす・・・ 鈴に・・・

そして、たぶん錫だろう・・・



何かが急に引っ掛かって考え出した自分は、その灯篭の炎を見詰めたままでいた。



乳母が灯しながら下がって行った先の石灯篭は、全てを灯してはいなかった。
灯りが灯されていたのは、感覚を置いて1つずつ飛び飛びだった。

でも全ての灯篭に火が入れられなかったのは、この夜・・・

満月だからだろう・・・・

そう思いたい自分には、茶道の茶名を持つ母が教えてくれた満月の茶会の所以(いわれ)を思い出していたからだった。

月明かりを愛でる心に捧げる一碗だと・・・

明るい夜の月明かりが、風向きにより潮の香りを運んできて、時に蒼い世界の香りに連れて行かれる様に香り、その風に揺れる竹林の隙間から落ちる月灯りの雫。星空の光景を木の葉が揺れる度に蒼白い木漏れ月光の世界をまた映し出し、その空気の中に包まれていた。



________ ゴーン、チリーン、ゴーン、チリーン・・・ リーン・リーン・ゴーン・・・


鐘の音が鳴り響く以外は、この時鈴虫の声しか聞こえなかった。

合図と共に立ち上がると、鈴虫の音は消えた。



________ カツ・・カツ・・カツ・・・

飛び石の目印通りに進んでゆくと、曲がった先がふわっと揺れながら明るく成っている。



________ ・・カコーン・・・ジャボジャボジャボ・・・


蹲(つくばい)に置かれた柄杓で手を清める回りには、湧き水だろうか、とても冷えた透き通る純度の高い水が流れていた。

月の灯りに苔生した蹲の周りに置かれている石にも、水が絶えず流れているのだろう。
自然の溢れるこの森の中で、鳴海家のその日だけに水が注がれる蹲と違うと感じていた。
回りに置かれた石の苔から落ちる水の中に絶えず小さな泡を浮かべいて、蒼白い月の灯りの中に水泡が輝いていた。その苔からのちいさな泡は呼吸をしている証拠で・・・


そう・・・
なぜだか、生きている証であると思わされていた。


その先に続いている水の流れに沿って そのまま飛び石は続き、ふわっと明るく照らしていた揺らめく灯りは、池に浮かべられた紙灯篭だった。

走馬灯の様に何かがクルクル描かれて回っている。

その灯りは、何色も・・・



自分の頭の中に思い浮かぶ・・・

・・この鈴鳴り岬で・・・胸の内が震えだした色ばかりだと・・・



自分が歩いて来た道を振り返ると、待ち席であった東屋の灯篭の炎は小さく細く、一筋の煙と成って消えた。


風で揺れる竹林の間から、明るく映し出す月の明り。

灯されること無くなった東屋の姿は、隠す様に真っ暗に成っていた。

外と中の世界を遮断する様に吹いていた風が止んで、竹の葉からも水滴は落ちきったのか、小さな煌きも無くなった。

進む先だけが仄かに照らされているだけで、振り返ると蹲の横も、池の灯篭も・・・

だんだんと燻り小さく成ってゆく炎が消えて、後ろには暗闇の世界が広がっていた。



_____ モウ・・・

モドッテハ ナリマセヌ・・・鳴良・・サマ・・・



あの機械の様な人工の甲高い声で、乳母の言葉が聞こえた様な気がして、暗闇から目を背けた。

茶室のにじり口から入ると、そこは万治元年十一月十九日に没した千家三代の玄白宗旦居士が晩年に建てた又隠の様だと思った。
4畳半本勝手の小さな部屋に洞庫が付いていて、特に南東の明り採りの窓がしつらえてあり、突上げ窓も屋根に開いていた。

今日は、突き上げ窓が開いていて、月明かりが入っていた。

北側の点前座台子先の床の間に、掛け軸だけが掛けられてた。

茶花は無く、濃茶だと知る事が出来る。

月明かりしかない茶室の中で床の文字さえよく見えない。 床の拝見に寄るとその軸は

“ 和敬静寂 ”  

四ヶ伝の茶杓の名を 和敬 または、静寂 と呼ぶことから、蝶子と違い熟練されているのだろうと思えた。

茶花が無かったのは、残念だったかもしれない。

もしかしたら、鐸杜の作った花器がここにあるかと思っていた。

今夜の野点の準備に勤しんでいた蝶子と夫人を、自分がいる3階の部屋から見渡せていた。
緋毛氈の野点席では軸は無く、茶花の代わりに華やかに飾られた真の唐物の花瓶に、月見のアレンジメント・・・

丈の高い風に揺れるススキと・・・りんどうの花が飾られていた。


________ カコーン・・・


静かな空間に明り取りに開けられた天井の天窓すらも、宗旦居士の又隠のままだとも、点前座の東南窓に月明りが写されて仄かに浮かぶその場が、亭主の座る場所だと静かに月に悟られている様に感じていた。

その窓から差し込む月光が時間と共に明るくなり、月にその時を教えられているかの様に趣を感じ、彼女は時を計算しているのであろうと、浮かび上がってゆく亭主席に見惚れていた。


_____ そうね、月が出始める頃・・・


電話の向こうでそう言っていた彼女の言葉に、何時だと下世話な世情の時の呼び方ではなく、趣を重んじる茶人の心を深く感じた。


趣向の中には、伝統や歴史を重々しく感じる事もある。
でもその何百年の長い歴史という時間の中で、その時に生きていた人が考えて残して、また誰かが考えてのこして、その“ 時 ”の積み重なりに想いを馳せる心を持った者が、この先にも続く歴史をまた積み重ねる様に考えてゆくものなのだろう。


彼女は鳴海の家の伝統を守る心を、蝶子よりも持っていると感じていた。


すっと音なく開けられた障子に目を向けた。

入ってきたのは乳母ではなかった。

長年この屋敷に仕えているのであろう老婢で、目の前に煙草盆と縁高を置いた。

点前と作法は・・と小声で聞いてくれ、心配しているのだろうと思えていた。その言葉に・・・


「 ハイ、亭主席を拝見しましたので、和巾であると・・・」


この言葉だけでも十分だと思えていたけれど、自分には母からの教えを受け、これでも正引次を持っておりますと微笑んだ。


「 左様でございますか。そうと存じませんで、先生様に失礼致しました。 」

「 いえ・・・ご亭主様は、四ヶ伝以上である事と見受けました。 」


心配してくれた老婢に何げなく尋ねたつもりで言葉を返すと、しっかり意味を取ってくれていた。


「 はい。鈴音お嬢様は、奥秘の段でございます。 」


・・・やっぱり彼女が点ててくれるのだと確認したかった。

障子の引き戸の方に老婢が下がるのを見届けて、一礼と共に微笑んで見送った。
蝶子の点前が一番初めに習う初歩の薄茶平点前であったのに対し、一番長い小習いや四ヶ伝を終えて奥秘を持つ彼女の方がきっと、鳴海夫人の血を濃く継いでいるのであろうと思えて成らなかった。


月の光りがさらに明るくなってきたと感じた時、点前座の正面がすっと開き、両手を付いて開けた彼女を見た。


________ カコーン・・・


庭の獅子脅しの音が微かに聞こえる静かな場所で、障子の向こうに揺らめいていた、灯篭の動く明かりも、段々と細々になりいつの間にか消えたのだろう。

月明りの点前座と、天窓の月明りが炉に差し掛かり、点前をする者だけが見える程度の明かりに包まれた。

その時を見計らったかのように、鈴音が建水を動かして総礼の挨拶を交わした。


濃紺であろうか、蒼い世界に住む天女にとても似合う着物。

纏めた長い黒髪は彼女の横顔までも綺麗に月明りに照らされて、長い髪を垂らしていて見えなかった今までと違う印象を受けた。

目を瞑り居前を正した彼女がスゥーっと息を吸った音まで聞こえてきて、ゆっくりと開けた瞳に月明りを乗せこちらを向いて微笑んだ時・・・

初めて見た彼女の心からの笑顔  ・・・だと思った



鐸杜との悪戯っぽい笑いと違う、蝶子が時々見せた心からの笑顔に似ているとも、怜の心からの笑顔に似ているとも思えて成らなかった。

鳴海家の伝統を受け継ぐ事をきちんと教えられ、継ぐ心を持っている魂がそこにあるとさえ感じ、鳴海の歴史の中に居る事を喜んで受けていると思えて成らない笑顔に胸がまた苦しく成っていた。



濃茶の点前が始まると、拝見の時まで声を出しては成らないから、ただ月明りに照らされて仄かに浮かび上がる鈴音を見ていた。
雲がかかっているのか、先ほどと違いだんだんと暗くなって行く様に感じるのは・・・



『 岬にはなぜ・・・ 』


蝶子に聞いたこの事は・・・

_____ 近寄るなと言われております

そう返した蝶子は、嘘をついているわけではなく、彼女も同じ様に根は素直な子だと感じて・・・

『 鈴の音が聞こえるとか? 』

こう自分が聞いた事に見えるはずの無い海の方をみていたのは、海側の森だった。
あの子の素直な心が騙す事に耐えられなかったのだろう。
蝶子が自分をここに連れてきた、彼女が自分の言葉に引っ掛かったのは、鈴の音ではなく・・・


“ 鈴音 ”


今自分の目の前にいる、蝶子にとって姉である存在。

森の中に鐸杜の工房があった事は、森の中にたくさんの風鈴がざわめいていた理由なのだろう。
今日は、耳に残るほどの鈴の音は聞こえてこなかったと思い出していた。



鈴音が中次を取り上げ茶碗横で蓋を開けた時、茶器の中が月光に共鳴する様に輝いた。

それに気付いて目を凝らしても、薄暗くなった月明りだけの蒼白い茶室の中では、よく見えないままだった。

茶碗が炉横に差し出されると、茶碗を受け取りににじり寄った。
艶やかに練り上げた濃茶の、とろとろとした表面は薄暗い天窓から月明かりのスポットライトを浴びて光っていた。


ふと気が付いて鈴音に両手を付いた。


「 古袱紗を拝借願えますか? 」


この点前にも楽茶碗にも必要はないものだけれど、彼女の懐に挟まっているその古袱紗・・・

紅色の古袱紗

蝶子が懐中していた古袱紗は、鈴音の着物の残り布だった事を思い出し、鈴音の今持ち合わせている物がどういう物なのか知りたくなった。

けれど怪訝な顔をした彼女の顔を窺って、微笑んで言葉を次ぎ足した。



「  ご由来・・ いえ・・・

 “ いわれ ” の有りそうなお茶碗であると

  お見受けました為、敬意を払いたく思います。 」



眉を顰めた怪訝な顔がふっと緩んで、懐中からすっと古袱紗を出し、茶碗横に添えられた。

正客席に にじり戻りしっとりと練り上げられた濃茶を一口、苦味の無いまろやかな味に丹精込めて点てられていると感じ、手の中の彼女の古袱紗に目を向けた。

釜の蓋を閉め彼女との間の白い湯気が消え、隔たりの無い空気に包まれると、客付きに居座いを正した彼女を見て茶碗を下座に置き抹茶の事を聞いた。


「 お茶の御名は。 」


「 こちらは・・・」


話し出した彼女の言葉に耳を疑い、頭の中で考えてしまった ________




「 こちらは、地元茶農園からのものでございまして、名を・・・

  “ れいじょう の 昔 ” と、申します・・・ 」



満月の明かりが天窓からも点前座を照らしていた光も、ふっと消えて真っ暗包まれた。

だんだん薄暗くなっていると先ほどから感じていたのは、雲が出てきたのだろうと思っていた。




「 あぁ、今夜は皆既月食でございますね・・・ 」


鈴音の言葉だけが聞こえる中、目が慣れるまで瞼を閉じ、話し続けてくれる彼女の言葉を聞いていた。



「 れいじょうとは・・・
 この鈴鳴り岬の “ 鈴 ” それに情景、感情の “ 情 ”  
 そう表されておりまして、私はこの抹茶の味も香りもとても好きです・・・」 


「 そうなんだ・・・  いえ・・失礼致しました。
 大変結構なお味をありがとうございます。 」


聞こえた声が彼女の普通の肉声であったことに安心した。


「 ふふ・・ 暗闇に目が慣れましたら、どうぞ 古袱紗も含め
 茶碗の拝見も・・・そして、茶器である中次、和巾、茶杓の拝見も
 どうぞ・・・・ 見てくださいませ。

 行灯のご用意をとも思いましたが、茶人である貴方には・・・
 
 この幾年にただ一回の、一期一会の時の趣、皆既月食の茶会
 なぜ、私が和巾点前を選んだのかは、正引次をお持ちの貴方なら分かりますよね・・・

 この蒼く暗い星空の下に、心と心を向け合う時を楽しんで下さいませ。

 そうだ・・・お茶はですね・・・」



話し続ける彼女の言葉を聞きながら、瞼を開けた。


「 このお茶は、こちら鳴海の土地の茶農園のものでございます。
 
 先祖代々、こちらの家系には、“ れい ” という漢字が付けられます。
 
 私の名は、鈴音。    ・・・すず と おと でございます。

 自分の名には、とても敬愛を・・・感じております・・・ 」


 
目を開けた瞬間から彼女の姿を見続け、視線が離せなくなっていた。


「 れい という鈴の漢字に、情景や慕情 じょう と言う漢字には
 心を表すと・・・先祖の付けられたこの抹茶の名前にも 敬愛を込めて
 一碗の心をという、茶道の教え・・・
 この茶葉を作る人々よりの心を感じ、心癒す茶を点てたいと
 恩愛への感謝と真の相を学ぶ事を、大変喜ばしく思っております。 」 



暗闇の中の濃い蒼を・・・

星の明かりだけが届く中で・・・

釜の下で燃える炭の赤々とした火が炉の銅に反射して、炉前に居る彼女の姿を下から燃やす様に・・・
・・・いや・・・

燃える炎の中にいる彼女の姿 ・・・


蒼い世界の中に赤々と、紅色に染る光に浮かぶ鈴音



赤々と燃える炎の様に、情熱の燃える怜を知っている。
吹いたら消えてしまいそうな、細々とした青い炎の様な怜も知っている。

この吹いたら消えてしまいそうな、青い炎の様な彼女が怜に似ていると思えた事も・・・





・・・あの、令の漢字の付く肖像画の下、暖炉の炎は・・・


   何を燃やしていたのだろう ・・・・






________ チリチリチリ・・・


不意に鳴った鈴の音にはっと気付くと、そういえばと気付く。
いつの間にか獅子脅しの音は、点前の間に止められていたのだろう。

それは、茶人にとって不快な邪魔な音となる事に気遣って止められていたものだと思う。


いつの間にか・・・

その表現がとても合っている程、点前中に鳴っていたかは覚えていなかった。

それに鈴虫の鳴く音さえも、全て消えていた。




今の鈴は・・・




どこから・・・







________ チリ チリ チリ・・・・


「 あぁ、れい だと思います・・・」


れい・・・・




ざわめき始めた強い風に、鈴の小さな音が鳴り響き

紅色に燻り燃える様な姿の彼女が言っていた・・・




「 この又隠庵を模した茶室は、玄白宗旦居士の歿する前 隠居所としての場
  そうですね、ちょうど今頃・・・350年ほど昔公家ともお付き合いのあった
  宗旦居士、寒雲は、十一月十九日に歿しましたね・・・ 」




茶室には、入ってこない。と・・・最後に鈴音が言い切った .......... . . .






森を作るのに幾百年の時をかけて

その森の中に住まう人の心を繋いできた幾百年の時



由来ではなく、いわれ と言葉を変えたら・・・


_____ この・・・人々よりの心を感じ、心癒す・・・と・・・

恩愛への感謝と真の相を学ぶ事を、大変喜ばしく・・・と・・・  



幾千の時の流れの中に生きる事をここ・・心・・・

胸の内に秘めて生まれてきた人々の

自分が感じる懐かしさも、幾百年の時を越えてもし来ていたとしたら

大変喜ばしく・・・・・


・・・・・思うだろう .......................




天窓から覗く皆既月食の月は、蒼い星の影の後ろで輝いているのだろう・・・

月の裏を照らしていると思えてならなかった



見上げる窓から見えた、風が吹いて樹々に隠された隙間から覗いたその空に浮かぶ月は・・・



宙に浮かぶ珠の様に球状で、 魂 たまであり・・・ 霊 たまであり・・・

珠 たまの様に・・・ 



掌中の中の彼女の恩愛の込められた感謝の気持ちで点てられた

れいじょうの昔 


令嬢 自分の頭に思い浮かぶ・・・ 令 を付けられたお嬢様の昔に・・・

鈴情 鈴の音の慕情が鳴り響くその昔に・・・


胸の中から想いが溢れて、最後の残り一口を、古袱紗と共に両手に包んで飲み干した。





- In the Practice -

Act 8-In the PRACTICE by mimi © ™ From far away beyond beautiful sea.



Mimi’s Image Music* Schindler’s List – Theme by Ian Sutherland







「 ねぇ、沙夜・・・ 」


「 うふふっ。・・・なぁに? 」



頬を撫でて伝う汗を拭い、汗ばんだ髪をその白く細い指で優しくかき上げられて、潤んだ瞳が見詰めてくれる。

同じシーツに包まって お互いに火照ったままの肌と肌を抱きしめ合い、もう一度唇を重ねて・・・



床に散らばった君のハイヒールから、脱がされた自分のシャツに、肩から落とした君の紅色の服

自分の肌に付けられた君の紅のルージュに、重ねた唇から付けられたルージュを唇で君の肌に付けて

キスを重ねていると心の中から、人を愛する事を教えてくれた君が愛しくて

少し前の 肌を重ね合う前の過去までが、心を震わせて愛してると叫んでいる様に思い浮かぶ。



「 沙夜・・・

  ・・・愛しているよ・・・」


「 ・・・私もよ・・・ 」


________ チリン・チリン・チリ・・リ・・



「 ・・・・・ 」



「 ・・・電話じゃない? いいの? 」


「 うん、いい・・・ほっといて・・・」



そんなものより、大事だと思えるほどこの時間の方が・・・ 好き・・・


「 社長。でしょう・・・」


「 うん、いいの・・・

・・・・大好きなのは・・・沙夜 だけ・・だから・・・」


唇を重ねて君の言葉を封じる様に、もう一度・・・


________ チリン・チリン・・・チリ・・・・


2人で包まったシーツの中で、君の胸からの甘い声が電話の音に混じって耳に届く .............. . . . .


Act 6-Scene Prologue by mimi © ™ From far away beyond beautiful sea.








mimi’s Image Music* Nimrod by Elger Strings ............................................









          蒼と・・・


                     青紫色の空に・・・



         煌く星が輝きだす前に・・・・
 
 

                           ・・・青く澄んだ空に浮かぶ

 
               低い空に、風の中を白い雲が流れて・・・
                      ・・・果てしなく遠い青く彩付いた 動かない薄い雲       



                   吹いたら消えてしまいそうな、人としての心の青い炎・・・



           紅と・・・


           朱と・・・


           淦と・・・

              
           黄昏と・・・


            ・・・情熱や野望として燃える赤々とした炎に



   暮れ行く夕日の・・・


               ・・・・紅ではない朱色のリボンに、微笑む唇の色を重ねて




                   白金の光の中に浮かんだ・・・



                           ・・・音を奏でる白銀の光の中を


                深い紅色に・・・ 

                             明るい朱色に・・・  

   淦い黄昏の空に・・・


                              ・・・舞い落ち 舞上る 風の中の紅葉と


                  ・・・蒼白い月の明かりの中に

   
            透明で・・・

                   赤く染められて・・・

                              青く染められて・・・

                                  ・・・ちいさな気泡が息をしていた深い緑   

     
                降り注ぐ星の・・・

                           輝いていた月の雫・・・





                 ・・・蒼紫色の空に星が輝きだしたら




       
                   走馬灯の様に何かがクルクル描かれて回って・・・

                   その灯りは、何色も・・・

                   自分の頭の中に思い浮かぶ・・・




                 ・・・この鈴鳴り岬で・・・

                            胸の内が震えだした色ばかりだと・・・







Myth.BLUE BELL - CM by mimi © ™ From far away beyond beautiful sea.


Cast


敦賀蓮 ・ 貴島秀人

村雨泰来
京子 
松内瑠璃子
琴南奏江






Myth.BLUE BELL-INDEX mimi's world Fairytale* HOPE and DESIRE







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Story by mimi*美海 ™ 美しい海の彼・方より mimi’s world From far away beyond beautiful sea.

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Myth. BLUE BELL - Act. 9 - by © mimi's world ™ From far away beyond beautiful sea 'Myth. BLUE BELL' All Rights Reserved.


Myth. BLUE BELL -Act. 9 -
『 瞬感 』 





All pictures connected to the moment of the colors thier thoughts ...................






☆ こちらの作品は、2014/11/21 にUPしましたが、作品を一箇所に纏める為に日付をずらしました ☆


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mimi's world from Ren Tsuruga and Chuehonn Hizuri
Love Letter from RT and CH

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