mimi's world * HOPE and DESIRE

_______ BE-lie-VE * be-LIE ve * believe...the SHAMs for heart healing * mimi's world-7 _______

Myth. BLUE BELL - Act. 9 - 



Myth. BLUE BELL - Act. 9 -





mimi’s Image music * Dream –Ten / Twenty / Thirty A Liquid mind experience





                      To Act 8



「 ねぇ、沙夜・・・ 」


「 うふふっ。 ・・・なぁに? 」



自分の頬に流れた汗を白く細い指で拭われて、潤んだ瞳を見詰めると、微笑みながらゆっくりと瞬きをするその瞳に自分が映っている。

抱き合ったばかりだけど、人を愛する事を教えてくれた彼女が愛しくて、少し前の身体を重ね合う過去を思い浮かべるだけで、自分の心の震えは愛していると叫んでいる様に感じるほど、彼女を心から愛している。



「 沙夜・・・

   ・・愛しているよ・・・ 」


「 ・・・私もよ・・・

   ・・・ りょう ・・・」




________ チリン・チリン・チリ・・リ・・


電話の音が鳴っても、彼女がキスを解いて 社長。でしょう・・・ と自分の事を気にしてくれても、唇を解かれる事すら もどかしくて堪らないほど 彼女の存在だけがこの心の中では、一番・・・

・・・
 ・・大事・・・・



吐息混じりの甘い声に、自分の名前が繰り返し呼ばれるまで・・・




一度切れた電話の音が、もう一度鳴り響いても


もう・・・ 
 沙夜が・・・



「 りょう・・・」



・・って、呼び続けてくれる名前だけしか耳に届かない ___________







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Myth. BLUE BELL


― 鈴鳴り岬の向こう ―


Act 9


『 瞬感 』 


Act 9 - In the practice









満月の消えた濃く蒼い皆既月食の光に浮かぶ、紅色の炎に燃える様な鈴音を見詰めていた。


________ チリ チリ チリ・・・・


「 あぁ・・・ 
   ・・・ れい だと思います・・・」




“ れい ” ・・・・



強い風が吹き竹林の笹がざわめく音に、微かに鳴り続く鈴の音が、その中に交じって響く。

この森に来た時に聞こえた ざわめく風鈴は、ここに俺を連れてきた鐸杜のものだった。
では、この時間に聞こえる鈴の音は・・・・


 “ あなたさまのここが、お知りに成られていますよ ”


鈴音の乳母が俺の胸をポンポンと優しく叩いたその場所は、廃墟の森で見つけた一輪の思わず摘んでしまったりんどうの花を入れてきていた場所・・・

目の前の紅色に燻り燃える様に浮かんでいる彼女の事を思い返し、思わず摘んでしまったその花の彩

蒼いその色は、消えてしまいそうな炎の色で・・・



天窓から覗く皆既月食の月は、蒼い星の陰の後ろで照らされて輝いているのだろうかと


日の光を浴びる様に照らされた者と

影の様に背後に浮かぶだけの陰の者と


宙に浮かぶその珠の様に、どちらとも掌中の珠の様に育てられてきた。




胸が苦しくなるほどの、この想いは・・・



切なさなのか・・・


    ・・それとも・・・


 愛しさなのか・・・



そのどちらともが、自分のここにあると
この土地に長く暮らす者より 見透かされている様に教えられた・・・ 
                                       事・・・


手の中の茶碗と古袱紗を見詰めると、暗闇の中に紅色の・・・


これは、やはり・・・


天女の姿の彼女が長い黒髪に付けていたリボンと同じで

蝶子の髪に結われた紅色のリボンとも同じで

白猫の首に巻かれていたリボンとも同じ __________




炉に掛かる釜の蓋を開け、水差しから水を注ぐ音がしていた。

ぼんやりとした薄明るさの中でも分かるほど透き通った水は、先ほどの湧き水なのだろう。
石の上から零れ落ちる水に、小さな気泡を浮かばせて、小さな命の存在を知らせていた光景を思い返され・・・


________ シュ ――・・・


熱せられた窯の中に注がれると、シューと熱さを冷ます蒸気の音が聞こえてきた。

その中に・・・


________ チリ・チリ・・チ・・リ・・・


鈴の音が混じっていて、チリチリという音は、遠い場所で小さく鳴っている様に聞こえていた。

熱せられた釜の銅がチリチリと小さな音を温度差に立てる音も、釜の下で燃える炉の炭がチリチリと微かに立てている音も、鈴の音が風の中に擦れるように鳴り響く音に、深い静けさの森の中で他の音は何一つ聞こえてこなかった。


蹲で手を清め、口を漱いだ時に、至極冷たいと感じたあの水。

赤々と燃える炉にかかった釜の中に注がれて、その命を煮え滾らせている様子が・・・


鈴音の心の様だとも

怜の心の様だとも

久しぶりに帰郷した兄や父親に、愛を懇願していた蝶子の様だとも・・・


この3人は兄妹なのだと その3人の心の深部が似ていると感じ、鈴音から目を離すことが出来なかった。



点前座の向こう側に置かれた朱の袱紗を鈴音が手に取るのが見えて・・・
暗闇に目が慣れてきた自分にもその色が分かる様になり、薄暗い空間の中の朱色にふっと戻された。

蒼く暗い星空が天窓から差し込む手前畳に、茶碗と古袱紗を返しに寄る。

鈴音の濃紺の紋付に入った家紋を見ると、蝶子が点てていた薄茶の棗に入っていた家紋が入っている。

鳴海家の家紋の由来を後で自分で調べてみようと思い立ち、暗闇に目の慣れたせいもあるだろうか、濃紺に蝋で白く染め抜かれ、月の光に共鳴し輝く様に蒼白く浮かばせる銀糸の刺繍を纏った神々しい家紋を目に焼き付けた。


先祖代々鳴海家の血筋を持つ者に、令という漢字が付けられて・・・

この土地で生まれ、この土地の者としてこの地に骨を埋めてゆくその者の生涯という時間は、この家紋を背負い心に刻み込まれて、鳴海の歴史の一部としての瞬間だけの者になる事を、心より喜ぶ様にと育てられていると感じた。

蝶子は、鳴海の家から出て行ってしまう娘だからなのだろうか。

蝶の様に風に乗り、優雅な羽を広げて、華やかな花に甘い蜜を求めて、飛び回り・・・
薔薇に成りきれない蝶子を考えていた。

令という 鳴海家の者としての証の様に、名前に付けられるその漢字は蝶子に付けられていない。




では・・・

娘である、鈴音にはどうして付けられたのだろう・・・




その事を思案しながら、正客席に下がった。




この土地に隠されて育てられた彼女の理由とは・・・



鳴海の家の血を引く蝶子が、姉と呼んだ鈴音。

 “ 自分の名には、とても敬愛を、感じております・・・”

・・・と、自分の名を喜んで受継いでいるかの様で、鳴海一族の者である証に喜びを感じ一人生きているのだろう・・・・



茶碗に湯を入れて小濯ぎを始めた彼女を見ていた。


「 では、お仕舞いにさせて頂きます。 」


彼女の言葉に礼を返し、仕舞い点前を見ながら考えていた。



________ チリ・チリ・チリ・チリ


茶室の外ではまた鈴の音が鳴り始めていて・・・

その音と共に、鈴という由来を持ったこの土地の事を考え出していた。
自分が蝶子に・・・

『 鈴の音が聞こえるとか・・・』

そう質問した時は、海の方に目を向けた蝶子だったけれど、その鈴の音がこの森から聞こえるのであれば、蝶子が向いた岬の方ではないと思っていた。

灯台のある岬からここまで・・・

蝶子に連れられて歩いてきた時は、遠いと思った。
鐸杜のバイクに乗せられて灯台へ帰った時は短くて、もう一度この森に来た時は5回の灯台の廻りに、目の前に現れた屋敷。

部屋から灯台の廻り回数と時間を計れば、おおよその岬からこの場所までの距離が分かると考えていた。



この場所にひっそりと姿を隠す様に、物悲しさを纏わせ、その生涯をこの森の中で・・・

令の名を引き継いだ彼女は、この先の未来に蝶子の様に嫁に出る事なく、ここに一人で一生をと押し込められていると感じていた。

ここから出してあげたいという思いの中に、ここから出してはいけない気にもさせられて、今まで出会った異性の中で こんなにも心惹かれる女性に出会った事は初めてだった。


一目惚れというのだろうか・・・

自然には群生して咲くりんどうは殆んど稀なのに、この森には纏まって咲く蒼紫の世界を創っていた。物珍しい綺麗な光景のその先に、天女の様に現れた彼女を忘れる事はできないだろう。


でも違うのかもしれない・・・

自分や怜 それに蝶子の様に、両親に何不自由なく与えられて育ってきて、社会的立場まで貰える様な恵まれた中からの、同情・・・いや、そうではなく、悲哀だとしたら・・・

越えては成らないボーダーだとも思う。


彼女の事を考えると胸が苦しくなるこの想いは、好きとか嫌いとかではなくて、ただの悲哀だとしたらもし好きだと自分で確信してしまった時に、彼女を傷つける要因の1つなのかも知れない。

可哀そうだから、好きだなんて・・・

彼女の人生を侮辱している事と同じだと、素直に感じるはずの自分の心が、自分でも分からないほどだった。


由来ではなく、いわれ と自分が言葉を変えて・・・


 “ この・・・人々よりの心を感じ、心癒す
  恩愛への感謝と真の相を学ぶ事を、大変喜ばしく・・・ ”


そう言った彼女が、自分の運命に悲哀を感じているかと言われたら、もし生まれて間もなくひっそりと育てられる事しか知らなければ、ここでのこの生活を自分の人生として、社会から離されている事を知らずして幸せなのだろうとも思う。

この家系に生まれ、代々の証名を受け継いで・・・

それだけで、自分は十分 愛を貰っていると感じて・・・



_____ 大変喜ばしく ・・・・



・・・と、言ったのだろう。

幾千の時の流れの中、鳴海の歴史の中に生きる事を、その小さな胸の中の・・・

蒼く消えそうな弱々しい炎の存在でも

赤々と燃える様に

心で感じて・・・・・



自分の胸を震わせるこの懐かしい想いも、幾百幾千の時を越えて、この場所に辿り着いているのだとしたら、彼女に昔々遇った事があるのだろう・・・

もしそうだとしたら、自分の廻り遇えたこの瞬刻を、自分は生まれ変わってもまた彼女を探し求めるのだろうか・・・



________ チリ・チリ・・チリ・チリ・・・



カタッ

    カタッ


シューという釜の蒸気の音を遮る様に聞こえてくる、鈴の音の中・・・

釜の蓋と水差しの蓋を閉める音が聞こえていて、畳に手を付いて礼をした。
顔を上げて彼女を見ると、彼女もこちらの質問を待っている。

だから・・・


「 ねぇ、どうして、鐸杜ではなく俺が来た事を、驚かない・・・」


「 いいえ・・・ 」


首を横に軽く振って俯き、指を畳に付ける彼女を見ていた。


「 茶人の心は、一期一会の癒しの時を共有するだけでございますが・・・ 」


頭を下げていた彼女が顔を上げ、目を合わせると言葉を続けた。


「 ・・・でも、そちらの質問にはお答えしかねます。
 先生様に失礼かとは存じますが、お濃茶の作法をどうか
 お守りいただけますでしょうか。 」


「 それは、失礼いたしました。
  では、お茶器、和巾、茶杓、雌伏の拝見を・・・」


鈴音が中次茶器を取り上げて客付きに移りだした時、ざわめいた竹林の揺れる音が聞こえていた。
そのざわめき始めた強い風に、皆既月食が終わりを告げたかの様で・・・

月の明かりが差し込んで来て

ザ――・・・
     ・・と・・・
        
鳴る葉と風が擦れ合う音の中に、小さくまた・・・



________ チリン・ チリン・・・


鈴の小さな音が微かに聞こえていた。


天窓から差し込んだ月明かりの中に、拝見の準備の為に中次の蓋を開け袱紗で拭いているその中が、濃紺の着物に刺された銀糸の家紋の様に月光に蒼白く輝いていて、茶器の下に敷かれた和巾よりも中次茶入れの方に目が行っていた。

薄ぼんやりとした月光だけの蒼い光の中で、自分の見間違いだろうかと目を凝らしていた。

外の鈴の音は、近くで鳴っているにも関わらず、にじり口の障子の向こうには、人影など写っていないくて、それでも・・・



________ ・・チリン・チリン・・・チリ・・・・


鈴の音は直ぐ傍で鳴り、自分の頭の中を廻る様に響いていた。









To Act 8





・・・その夜の一晩前に、怜と見た月は殆んど丸かった ________


ただ・・・ 

   違うのは・・・・


蒼い影に隠される事なく、輝き続けていた事・・・







________ チリン・チリン・・・チリ・・・・



「 あぁ、電話・・・ 」


料亭で剣と、お造りに添えられた りんどうの花を見ていた時に鳴った電話。


「 ごめん、剣。 」


剣に断ってポケットから電話を出し画面を見たのは、社長としての大事な用も、議員である父からの秘書の用事にも、時間などいつも関係無いからだった。


なんだよ・・・

・・・もう、来るのかよ


思わず画面表示を見て、無表情になった自分を感じる程、楽しい剣との一時を邪魔された気分。

自分の名前 “ 鳴海 怜 ” 映し出された着信者。なんのトリックもタネも仕掛けも無い事。


電話を座卓にポンと置き、着信音が早く切れないかと待っていた。
目の前の剣には経験が無いだろう、この着信表示の名前に怪訝な顔をして・・・

杯を持ったまま、いいの?と指さしているのは、表示の名前を見ても分からないのだと思ったからだった。


「 ん? まぁね。 」


座卓に肘を付いて両手を擦り合わせながら指を組み、心の置けない親友との楽しい一時の気分を取り戻したいと剣に微笑んだ。
画面に触れてうっかり着信に成ったりしない様、電話が切れるまで触らないと決めたまま、俺の携帯画面を見ている剣を見詰めて話しかけた。


________ チリ・チリ・チリ・チリ・・チリン


クラシックな黒電話の音は、鈴の音に似ているかもな。と思いつつ、議員秘書である自分が着メロなんか使えないのも、一国民に対する贔屓みたいに言われてしまうのと、国会議事堂や議員会館なんかでオヤジ議員達に、秩序にかける非常識。などと思われたくも無いが為。

自分が議員に成った暁には、もちろんこの用無しオヤジ議員達の単なるコネクションが必要だからで、それにはちっとも尊敬しない奴等にも、是非とも可愛がられたいだけの事。 


・・・だって、自分の未来予想図の現実化には _________ . . .



「 な、剣。あのな・・・」


「 ・・・ぅん? どうした? 」


電話のせいで言おうと思っていた事を、言いそびれてしまった。

雰囲気を元に戻すには、もう少し酒を入れて力を借りたい俺。お造りに添えられていた蒼いりんどうの花を白銀の錫の杯にポトッと落とし、徳利に入っていた残りの酒を剣の杯に酌をする。


りんどうの花は、水の如し透き通った鈴道の酒の中で、白銀の錫の杯は内側にその彩を映し蒼く輝いていた。
漆塗りの座卓の黒い表面には、錫杯の外側の白い光を映し、暗黒の空を朧月が輝く宵の様で・・・
りんどうの花の切り口からは、プクプクと小さな気泡が立ち昇り、蒼く透き通った杯の中で揺らめき消えると、蒼から蒼紫に花の彩が変わる様で・・・
花も酒を吸ったら酔うのかな?と、そんな事を考えていた思わずロマンチックな自分も居た事に、ふふっと微笑みながら杯を見ていた。


りんどう・・・


自分はこの岬に帰ってくると、東京での心境といつも変われる。

心落ち着くというか、癒されるというか・・・


実家の邸宅にも東京の自宅にも飾られた豪華な薔薇の花ではなくて、花屋に売っているりんどうの花でも無く、野に群生する様に咲く蒼い野生の香り。


全く自分の心と同じ様で、飾られた豪華な薔薇の様に東京ではあしらって居ても、自分の心の中が限界に近づくと、この場所に帰ってきたくなる。

その心を癒してくれる様な、野生の本能のままの自分を受け入れてくれる場所・・・

いや・・・

こころのよりどころ


それは “ 由り処 ” と表したいほど・・・ 


・・・ここが好き。


この場所が他の人にも、心安らかなる場所として受け入れて貰えるとは、故郷だからというものではないと感じる程、この場所にはパワースポット的な力があると俺の直感が言っている。だから・・・

リゾート開発を進めたいと、とても強い想いを込めて・・・・・



「 剣、お前さ・・・
 ここに来て何か感じたか? 」


若き社長としての椅子に座っている目の前の親友も、自分と同じぐらいの直感がある事は、仕事柄今まで何度と感じた事だろう。数え切れない程に、剣の直感がものを言った機会に遭遇している。

ここの土地が地元ではない剣が、この鈴鳴り岬に来て何かを感じているのだとすれば、自分の心で感じる事は本物だと思える・・・

・・・鋭い剣の直感を信じたかった。


杯に挿したりんどうの花を見詰める剣は、無言だった。剣も杯を座卓に置き、箸も取らずただ りんどうの蒼い花を見詰めて、その瞼を一度だけゆっくり瞬いた。



_____ 失礼いたします。


すっと障子戸を少しだけ開けた若女将の声が部屋の中に入ってきて、俺も剣もそちらに視線を移していた。


「 あぁ、丁度良かった。 」


そう若女将を座敷に入る様に促して言えば、障子戸はスッスと開けられて、両手を付き頭を下げた若女将が控えていて、その顔を上げるまで待っていた。

髪を纏めて挿している大玉の紅珊瑚の簪(かんざし)が黒髪に映え、錫で出来ているのだろうと思うのは、自分の頭に合わせてその軸を緩やかに曲げて使っているからだった。

そんな綺麗な若女将が、いかがいたしましたか?と尋ねながら、膝横に置いた黒塗りの盆を引き寄せて入ってきた。


「 ねぇ、女将さん? 」


若女将が運んで来た 岩を模したおうとつの付けられた楽焼の平皿に乗せられた焼き物を、座卓に乗せ様としたけれど、まだ2人ともお造りが残っていた。それに気付いて 後にされますか?と聞いてくれるも・・・剣との食事。そんなに気を使う事も無いだろうと、どうぞと座卓の開いた場所に指を揃えて手で指し・・・


「 これって飲める? 」


楽焼の皿を置いて欲しい場所を指していた手で、自分のりんどうの花を入れた杯を指さして聞いた。


「 はい、こちらは、漢方に使われるりんどうの一種で
 胃薬にも成る花の種類でございます。
 日本には30種類ほどのりんどうが咲くみたいですが
 この土地に咲く花は、大体10種類ぐらいでしょうか? 」



なるほどね・・・


心の中でそう思いながら、その話を聞いている剣に視線を移すと、剣は女将の横顔を見ていた。
いや・・・見詰めている・・・いや、凝視と言った方がいいのかも知れない。
見た事のない相次ぐ剣の表情に、何かを思い出しているのかと自分の勘が、頭の中に引っ掛かっていた。

若女将の見せる自分の側の横顔では、紅の簪は見えなかった。

黒髪に紅を装わせた若女将を見て止まったと思ったら、座卓に置かれた楽焼の皿にふっと視線を移し、その横にあった自分の杯に手を添えていた。
けれど・・・

剣の手がフルっと揺れたと思ったのは、中に注いだばかりの鈴道が波紋を作ったからだった。


「 じゃあ・・・」


俯いたまま何かを言い出した剣に、若女将もその顔を向けると、彼女の方に剣は顔を上げて尋ねていた。


「 薬って事は・・・

  ・・・毒にも成るとも言うけど? 」




フッ・・・

・・だよな。剣・・・



剣の勘の良さには、俺も思わず微笑んだ。
もしかしたら、剣も山延の事を思い出したのかもしれないと・・・

そう考えて楽焼の皿に添えられた、珊瑚を模した紅生姜を見る。その楽焼の皿の横に、小さなおろし皿を添えながら、若女将は話し出していた。


「 そうですね。でもこちらでは・・・
 その様な花を端食みとしてお出しした事が無いので、よくは存じませんが・・・
 
 たぶん・・・ 」



あるだろう。と若女将は最後に言葉を添えた。


おろし皿を手で指した若女将は、紅生姜を少しだけ擂りましょうか?とも申し出てくれたけれど、刺身の味が変わりそうなので、後でにするけど焼き物は置いておいていいよ。と声を掛けた。


自分の杯に入れた りんどうの花を取り上げて、ポタっと花の先から落ちる日本酒を、白身魚の造りに一滴添えると、その一滴は脂の乗った魚の表面に波紋を浮かばせてツッと落ちた。


「 鳴海様は、とても風情のあることを為さいますね。 」


ん?と思って若女将の顔を見たのは、酒を吸い込まなかった魚の身の締まりがいい事を、ただ自分で見ていただけだったのだけれど・・・


「 お花を用いて とは・・・ 」


うふふと微笑んだ若女将はそのまま


「 さぞ、涙を零された女性も多いかと・・・ 」




若女将のその言葉に・・・


隠れて零した。
・・が、正しいけどね・・・


そう心で思っていた。



「 でも、俺、結婚してるし。 」


結婚指輪をした左手を若女将の方に向け、視線は剣に向けていた俺。
はっと指輪を見た剣が気付き、それには・・・だろ?と剣に首を傾げて微笑んだ。
その左手で座卓に置いたままにしてあった携帯電話を取り上げて、着信をバイブレーションだけにした。


「 そうそう、鳴海様の婚姻の時は、
 この土地の女性は隠れて涙を零された方が多かったのですよ。 」


   うふふ、私もそのうちの一人・・・


袂を口元に当て、小声でそう付け足した若女将は顔を剣の方に背け、剣と一瞬目があったのか、うふふと微笑みながら俯いた・・・その姿があでやかでドキッとしてしまった自分。

若女将は俯いたまま、早々と許婚様が現れて、お若い内にご結婚されて・・・豪華なパレードの様な婚姻だったと、思い出しながら剣の方を向いたまま、俺の結婚式当日の事を話し続けていた。
剣も若女将の方に視線を向けて、へぇ~と聞いていたから・・・


「 あぁ、こちら、独身だよ。 」


携帯ではない右手で剣を指し、自分から少し離した畳の上に左手で携帯を置きなおした。
自分の方からも見える若女将の姿。彼女の膝に置かれた左手を剣は見ている。
けれど・・・


「 鳴良と申します。以後お見知りおきを・・・」


言葉と共に正座をし、体をさっと女将の方に向け手を付いた剣を見て、杯を口に運んだ。
剣の自然なその姿勢に、あれ?と思って酒を飲んだ。


若女将の微笑みの表情がピクッと止まったと見えたのは、袂を当てた顔はこちら側からしか見えないのだろう。

もう一度 若女将は、口元を緩ませると袂を口元から外し、剣の方に向きなおして両手を畳に付いていた。


「 なり・・よし・・さま? 
         ・・・ですか・・・ 」


「 はい・・・ 」


この2人のやり取りに、あぁ、もしかしたら剣の父親の名前を、この歳若い若女将が知っているとすれば、女将さんから伝えられているのだろうかと云う思いが過ぎった。


それとも、“ なり ” この鳴りの苗字に引っ掛かっているのか・・・


どちらだろうと思った時の若女将の言葉に、ゴクッと喉を鳴らしたいけれど、銘酒はするっと通り抜けて行く喉越しだった。


「 こちらのご出身ですか? 」


そう聞いた若女将の言葉に、後者の方だったか・・と思いながら、いえ、東京で。と微笑みながら話す剣は、でも父の出身は・・と話し出し、ここの土地の者ではないと言い切っていた。



そうなんだよ・・・



鳴良 なりよし・・

・・・なんだよな。剣・・・



鳴りの字ばかりのこの土地に、彼には本当に所縁は何も無いのかと考えながら杯を空け、若女将とのやり取りを見ていた。

ふと思ったのは・・・

なぜ先代の剣の父親が、この鈴鳴り岬の土地に目をつけたのか。という事。

ほとんど人は聞く事ない名前のこの場所。
華族に公家という血筋を持っているからか、他県の貴族との繋がりもあることは、自分で分かってはいるけれど、そう云った類の血族的なものでも無いかぎりこの土地を知る者はいないだろうと思うほど・・・ここは、寂れている。

一代でコーポレーション企業を築き上げた、剣の父親がどうやってこの場所に辿り着いたのかと考えていた。


例えば・・・


自分の手に持っている錫の杯を見詰め、裏をひっくり返して見た。


 “ 鈴鐸 RINDOH ”


アイツ・・・


国際的な賞を貰ってから、世界では有名な奴になった。

でも、コイツが生まれて間もない時に、剣の父親の開発話が舞い込んできた。
俺と剣は同じ。そしてコイツも同じ歳。

どうやっても錫産業が、国際的かなんて言えない時代。


それに・・・


徳利の中に残っていた日本酒を、手酌で注いだ。
トクトクと音を立てる事無く、さらーっと出て杯に半分ぐらいの僅かだった。


これ・・・


 “ 鈴道 ”


水の綺麗な土地からの幻の銘酒。
生産数のものすごく少ないこの酒は、巷に出回る事はその昔無かった。
自分の父親が議員になってから、この酒も錫産業も・・・

自分の父とアイツが有名にしたようなもの________ . . . .



鈴鐸の杯の中に白銀に輝く鈴道の姿を見て、ぐっと力を入れてしまった。

錫の杯は その容を歪ませたが・・・
半分しか入っていない日本酒は零れる事は無かった。
Act 8

         ________ コト



若女将と剣の会話が途切れ途切れになるのを見ると、二人ともの話が尽きて来たのだと思ったから、空になった錫の徳利を持っていたその手のまま、若女将の方に静かに置いた。

それに気付いた若女将が、両手を徳利に差し出すと冷たさが無いのを確かめている様に、そっと徳利に触れた。



「 じゃぁ、一本と言わずもっとかな。 

  ・・・その りんどう  」



はい。と畳に手をつき頭を軽く下げた若女将に微笑みながら、剣をちらっと見ると 俺の言葉に反応する事は無かった。

ここに来る前、屋敷に戻ってきた剣は胸のポケットに 一本だけりんどうの花を入れていた。

それと・・・

タバコ


帰宅した時に嗅いだ りんどうの香りの中、タバコの匂いがした。
剣がタバコを吸うのを見た事はあれど、この何年でもたった数回しかない。それも、パーティで薦められるがままに、では・・と、付き合いだけで吸っていた事も知っている。

朝は、蝶子の茶の湯の付き合いに、その後会社の付き合いが剣にあったのか は・・・自分には分からない。


プッ・・・


思わず噴出してしまった。
コイツ・・・剣。 朝も昼も、そして夜はこうして俺に付き合って、今日一日中 誰かに付き合っていたのかと思ったら、なんだか嫌と言えない剣の心優しい本心が可哀そうになってきた・・・

・・・でも

ん?・・・

・・まぁ 
そうか・・・


あぁ、そうかも・・・・・




そう思い始めたら止まらなくなってしまった。
若女将の障子戸に写った影も消えると、剣が話し始めた。


「 なんだ、電話って緑さんから? 」


「 そう、やっと気付いたんだ。 」


だろな~・・と思うのも、自分には日常茶飯事でも、剣には経験の無い事だろう。
結婚指輪を若女将に態と見せたのも、剣に 気付けよ と促した様でも有り、直ぐにそれには気付いた剣だった。


結婚ね・・・

そうだ、剣はどうするんだろう・・・・


こちらはまだ独り者。一人暮らしの自宅からは電話が掛かってくることは無く、むしろかかって来た方が薄気味悪い。自宅からの電話は、登録者である主人の自分の名前が表示される事は見た事が無かったのだろう。

画面表示の自分の名は、東京の自宅からだという事は、自分に分かっている事だった。
ここの自宅からの電話に自分の名前が出る事は無くて、緑が東京から明日出るという託なのだろうと気付き、だったら留守電に残しておいてと思っていた。

満月の茶会に合わせて屋敷に来る事は、母がもちろん嫁である緑を呼んだ事だと、自分にも分かる。


ただ、緑が屋敷に来るのは別に嫌ではないけれど・・・

緑が自分の部屋に来る事は、好きではなかった。


家族の階にも余る部屋は朽ちるほどあるし、3階なんて家族が行かない階には客用の部屋がゴマンとある本家の自宅。そっちに泊まってくれない?なんて言って緑が3階に行ったら、夫婦である自分達に母は激怒するだろう。

鳴海の家系を重んじる、生涯を鳴海の為に生きている一人娘の母には、次が産まれてくれないと落ち着かないとでも言うべく・・・


なので、母は・・・

蝶子の相手にも厳しく・・・

見ているその目は・・・




・・・剣にも向けられていた。



「 なぁ、剣。茶道してるのか? 」


自分が聞いたのは、さっきの若女将に挨拶をした剣の態度が、すっと茶道の心得がある自然なものだと感じたから。さまに成っている自然な姿勢は、自分にとって普段見慣れている母やここの若女将の様に茶道を嗜む者の仕方と同じ様だった。


「 ん?知らなかったっけ?
 俺、一応先生は出来るぐらいには、母に仕込まれた事。 」


茶道をしていると成れば、母が目をつけたのには納得できる事だった。

それに・・・

母が見ていたのは、剣の体格だっただろう。
その剣の何を見ているかとは、子供を作れるかどうかが母にとって一番重要な事は、この家系に長男として一人息子として生まれた自分だけが、知っている事・・・


俺と緑の間に、まだ子供は居ない。

恋愛感情も無く結婚させられて、ただの種馬扱いされた様な、血だけを後世に残せと言われている様で、自分の一生はただ、鳴海の血筋を繋げる為だけの途中経過なんだと感じて結婚した。

それまで大して恋をする社交的な場に出る機会を与えられもせず、学校よりも家庭教師と自分も女の子を見る事無いまま、気付けば許婚が居て勝手に人生を決められて居た様に感じて、それから・・・

大学がある東京に移った時には、すでに結婚していた俺。


恋愛と結婚は別だという考えを教えたのは・・・・

公家である父からの血が、本能に感情に告げる様に騒ぎ、自分の心が感情で教えてくれた。


いつの間にか、緑と行為をする事はただの義務になり、好きでも嫌いでも無く、愛してる・・・なんて言葉を使う事も無い、何の感情もないただの子作りに いいも悪いも行為自体にあるわけが無かった。

時期を見て緑に伝えられ・・・

“ じゃぁ、そう。仕方ない。 ”

そんな雰囲気にも何年か一緒に居たら慣れてしまい、緑がベッドの上で何もしないのにも、慣れた結果・・・

俺達夫婦は仮面夫婦の様に、何の感情も無い。


戸籍上だけの夫婦であり、そして・・・

血族の結束同士として

俺達の離婚は、一生無いだろう ____________





________ 恋愛と結婚は別なんだよな・・・


緑が紹介した山延は、蝶子にとって全く興味が無かったけれど、山延を良く知る俺や剣には性格も良く、仕事も出来るし今は重役として、今後会社を引き継ぐ予定のある将来の社長。

選り好みをしている妹に、イライラする自分だった。


「 なぁ、剣・・・山延って・・・
 ここから帰った時の事、何か聞いてるか? 」


俺には母も蝶子も、山延の事に触れるのは緑だったから、家族からは聞いていなかった。
山延からは・・・


「 そうだな・・・ 」


剣が箸を取り上げて揃えながら言ったけど、何気ない・・素直な剣らしいとそのままだと思った。


「 怜の妹、蝶子さんを絶賛してた事だな。 」



う~ん、そうか・・・

山延が俺に言った事も、蝶子の事だけだった。
剣も山延からは、蝶子のことしか聞いてなかったのだろうと、素直な剣が何かを隠している風にも見えなかった。

蝶子の事を、薔薇の様に可憐な美少女だと表現しているなんて話を、剣も躊躇無く話してくれるのには、え~そうかぁ~・・・と謙遜で返していた。というか自分的には、蝶子はそうでもないぞ。と思いつつ、曲げてしまった錫の杯を座卓の下で容をゆっくりと整えていた。

障子戸の向こうに人影が写ったのを、俺も剣も2人とも同時に気付いて会話を止めた。




________ コト・・・


若女将が座卓に近づき、酒と一緒に箸休めにと置かれたのは、蒼い切子のガラスの小鉢だった。
自分も見ていた切子の小鉢。その横に添えられた錫の徳利に手を伸ばし、お酌をしてくれようとしていた若女将と手が触れた。

剣が小鉢を見ているのを確認して、若女将の結婚していない左手薬指をそっと撫でながら、座卓の下に彼女の手を下ろしギュッと上から握った。


「 あぁ、剣。この切子? 」


剣がずっと小鉢を見ているのは、中よりもガラスの切子の方に注目している様に感じたので
そうかも、家のとは違うけど、似ているかもな?と話しながら、若女将と一度だけ手を握り合い、すっとお互い放した。


「 こちらは、たで酢の和え物でございますが・・・
  蓼種は・・・

 “ あい ” でございます。 」


若女将の言葉に ん?と気付いた剣は、微笑む若女将の顔をふっと見た。


「 あい ? あの染物の? 」


「 そうです。蒼い色の藍染めの 藍蓼。
  晩秋から初冬にかけては、つま用として辛味の無い物を
  この蒼紫色がとても綺麗で、りんどうの切子の器に合っているかと・・・」


若女将の言葉に自分も被せ添えたのは・・・


「 味はそうだな、バジルに似ているかな? 」


食べた事がもちろんあったので付け足して、そうそう薬草的なハーブの種類としては、健胃で気付け?と添えた。
あぁ、ベトナムとかで使う裏が紫色のバジルの方ね。と剣も気付いて言葉を付け足した。


「 穂になって花が咲き、若芽の頃は真正双子葉種。
  まぁ、りんどうの花もそうだよな・・・」


若女将は、では。と微笑みながら軽く会釈をして下がって行った。


「 なぁ、怜。 藍ってさ・・・」

「 あぁ、今、俺も考えてた・・・」


俺も剣も考えていたのは、山延の事だった。
晩秋から初冬のこの時期の物には毒性は無いけれど、時期を越えてしまうと染め顔料として古くから日本では、染物の代表として使われてきている。

それに・・・

この藍。毒薬として用いるのは、内臓の粘膜を覆い尽くすだけで衰弱死として片付けられるものだとは、古来から考えられていた事も、毒としての反応は出ないという事だろう。

山延が来たのは、春。

鈴鳴り岬にりんどうの花も咲いてなく、蒼い色をもしも見つけられるとしたら、顔料とされた後のこの藍蓼の方だろう。

この時そんな事を自分で考えていたせいか、直感の強い剣が切子にも錫にも反応し自分の妹をわざわざ蝶子と付けた事も、先程まで引っ掛かっていたけれど、さほど気に成らなくなってしまった。


山延の病気の発端がここに来てだとすれば・・・

もし病気の原因が明るみに出た時、自分の選挙の時危ないかもしれない。

でももしかしたら、母は・・・

ここに来る前から山延が何かを患っている事に気付き、漢方である蓼や竜胆等の生薬をと・・・
子供・跡継ぎを先に考える母にとって何が重要なのかは、男の体の事だろう。

母にも従い俺の嫁として来た緑にも、子供を作る事だけを生きがいとしている様な、その一生を鳴海の為だけに過ごしている女たちには・・・・

女としての魅力は、感じる事は無い。

この鳴海家から言い伝えられる事しか知らなくて、それを信じて生きる事が自分の一生だと思う事も、それしか知らない生き方なのだろう。

俺には結婚と恋愛は別だと心が教えてくれたけれど、婿に来た父にとってどうだったのかと考え出したら、父の家での振る舞いを思い出す。


________ トクトク・・・


「 怜、どうした・・・? 」


剣が俺の空いた杯に鈴道を注いで、考えたままだった自分に微笑んでいた。

思いついた様に剣が持っている錫の徳利を受け取り、剣の杯に注ぎながら・・・


「 まっ。蓼食う虫も、それぞれだしな。 」


そう言いもう一度杯を合わせた。

昨日のガラスの切子タンブラーと違い、いい音を立てる事無く・・・沈黙って感じの錫の杯は、ここの女将の関係から鈴鐸の器が届けられている事を知っている。

まだ結婚していない若女将。

その母親であるここの女将さんは、彼女の結婚についてどう考えているのだろうと、そんな事も考えていたけれど・・・

自分には・・・

鳴海に生まれ、鳴海の血を後世に色濃く残し、一生 緑とは離婚すること無い。
戸籍に傷が付く事を恐れているのは、自分の父親もだろうが、自分にとってもそうだといえる事だった。

注され注し合い、だ~いぶいい感じに俺達は酔ってきて、剣と今後の事に花が咲く。



剣・・・・


俺も信じるその直感が

どこまで分かっているのか、どこまで心が感じているのか __________



「 そうだね、妹さんか・・・ 」


山延の話も交えてのプロジェクトの話には

企業の力だけでは治まらない・・・繋がりが必要なのかも・・・




そう言い出した剣に思う。





・・・鳴海の娘・・・

        ・・・俺の妹、ね _________ . . .








Act 9 - In the practice







________ 天窓から差し込んだ真四角の月明かり・・・


畳にライトをそこだけ浴びた様に蒼白い光の中に浮かばせる、全ての茶道具がそこに並べられていた。



森の樹々の音が無くなっていて、風の無い静かな森の中は、何も音が聞こえない筈なのに、自分の頭の中には、チリチリと鈴の音が鳴り響いている様だった。


・・・この時の移り変わりを ________


茶道具を全て自分の方に引き寄せ全体をまず眺めると、徐々に月の明かりが茶室に入って来る様で、おぼろげな影の様な姿を現して来る。

ゆっくりと明るくなって行く・・・



月夜の中に中次を取り上げて、蓋を開けてみると・・・

先程 月光に共鳴する様に蒼白く光を浮かばせた内側は、常時 金箔であると思っていたけれど、この鳴海家のものには・・・

銀箔が貼られていた。



銀か・・・



銀の関係のあるこの土地にだけなのだろう。今まで見た事が無い中次茶入れの底に作の名は無く、桑の樹の木目であるのだろうか・・・
とても細やかな木目に年季が入り、燻された様に美しい波模様を茶器肌に浮かばせている。

和巾は紺地蜀江錦であり、鈴音の着ている着物の色と合っていて玄々斎精中好みの物だと伺える。
その横に添えた茶杓と雌伏を拝見し、鈴音の元に返しに戻った。


「 結構な道具の拝見、真にありがとう存じます。
  お茶器のご由来は・・・
  こちら、銀箔の物は初めて拝見、頂戴いたしました。
  この土地の物でございますでしょうか? 」


畳に手を付き礼をしていた顔を上げて、鈴音の顔を見詰めて質問すると、鈴音は口元にだけ微笑みを浮かべる様にし、その目は遠くを見ている様に俺の真後ろに視線が向けられていると感じていた。


「 こちらは鳴海家、先代からの伝来物でして、
  なぜ銀なのかという事は・・・

  ・・・先生は、ご存知でしょうか? 」



「 何を・・・? 」


鈴音が何故質問してきたのかよく分からないのは、先代物の事を自分が知るわけが無いからだったが、そうではなく、鈴音が話し出したのは茶器に関しての言い伝えであった。


「 濃茶道具には、毒物の薬草が混入されていないかを確かめる為に
  金箔が全て使われておりますが、こちら鈴鳴り岬には・・・

  毒と成る、薬草は生殖しないと伺っております。

  その為、銀の多く取れたこの土地ならではの物を、
  鳴海の先代が作らせたのではないかという事と・・・もう1つございます。 」



鈴音が話し出したのは、自分ももちろん知っている事であった。


「 銀は手入れを怠ると、黒く影の様に錆びれ行くもので・・・
  こちらの屋敷に置かれているものは、全て手入れの必要な物ばかり。
  手入れを常に・・・そう思い、常時稽古に励んでおります。 」



いや・・・


違うかもしれないという事が頭を過ぎっていた。


銀は、人の手が付くのを嫌がる物で、この茶器を触れる者の指紋など残さない様に心得よ。ということではないかと考えていた。

触れた痕跡を生涯残す事無く、薬物を混入されても、気付かずに・・・


なんとなく嫌なイメージが、その茶器を使い行われてきた様だと湧いてきていた。



「 では茶杓は、和巾点前である為、もちろん、幾千代 であると存じ上げます。
  そちらの幾千代の写しについて、ご由来は・・・

  申し訳ないが、写しに付いて存じなければ結構です。
  京都裏千家にある物が本物である事とは、茶人であれば皆存じている事
  写しの作と竹林が分かれば、お答え願いたいが。 」


「 もちろん、存じ上げております。
  こちら幾千代は、京都裏千家の写しでございます。

  同じ竹林より・・・
  千家代十一代玄々斎精中宗室より謙譲された物と伝えられております。

  加賀藩松山藩それに尾張 徳川大納言家よりの賜り物。
  幾千代の写しではございますが、こちら千家伝来の品でありまして、この後の・・・

  京都名家より、そちらの次男が婿に入られましてお家元になられました又妙斎宗室様とは、
  ご交流が先代にあった様に拝聞しております。

  ・・・こちらでお応えに添えましたでしょうか? 」




そうか・・・

婿ね・・・



代議士もこちらの家に婿に入り、公家の出の公爵であるという事は、怜から聞いて知っている。
この又隠を模して作られた別屋敷の茶室。 ここに住む鈴音も言っていた様に・・・
玄白宗旦居士の隠居所として 生涯の癒しの為にと茶道を愛しみ楽しみ、何人の朋来を喜んで一期一会の時を最後まで楽しんだ茶人は、公家との付き合いがあった事。

なにか鳴海家の由来に在るのだろうかと、写しといえど由来を持った幾千代を所有するこの・・・

鳴海の家系に・・・

公家の次男を婿に貰う時の夫人と代議士の家系の繋がりにも、何かが必ず在るのだろうと
偶然ではない由来の重なりに考えていた。



森の中の古い屋敷。

ずっとその昔から “ 令 ” という名と共に、この血が途絶えても使い切れないほど有り余る財産を受継いできている家系であっても、建て直したり改築したりする事無く残されて来たままに・・・
手をいれて修復し遺産の姿のまま、この森の中にどのぐらいの時の中、時代を幾つ越えて建っているのだろうか。


元々が森の中にひっそりと暮らしていた旧家なのか・・・

姿を潜める様にしなければ成らなかった旧家なのだろうか・・・


京都の宗家との交流が少なからずあるこの家系に、なぜその様な隠さなければならない理由がこんなにも存在するのだろう・・・



もしかしたら昔にも、この屋敷に隠されて育てられた先祖がいるのではないかと云う事も

この森から出て華々しく鎮座する海の見える屋敷に、鳴海の先祖が移らなければ成らなかった理由も、何か在ったのだろうが・・・

きっとそれは、怜に聞いたところで分かるわけが無いと思う。


一番にその血と名前を受継ぎ、後世に残してゆく立場の 怜。

でも怜本人は、家系に対して気にしていなくて、自分の人生をぬるま湯の中泳ぎ出し

湯の様に熱くも、湧き水の様に冷たくも・・・

赤々と燃える野望の炎に、青く吹いたら消えてしまう悲哀の炎も・・・

その両方を兼ね備えていると自分は感じ

この家系に生まれた事と、この家系の財産と、この家系の未来の長としての立場と、
全てを未来の為に利用しようとしている彼の泳いでいる先は、ぬるま湯の鳴海の歴史は


冷たいか、熱いか


このどちらかの結論だけが怜の興味をそそるもので、今まで自分が聞いた事にも、よく分からないけれど、じゃないかな?と、たいした事しか教えてくれなかったのには、嘘を付いている表情ではなかった事ぐらい自分は怜の友達として判別出来る程だった。

妹の蝶子にも、怜と同じ様な嘘か真かの表情が似ていたから、そう考えられた。


目の前の妹、鈴音・・・

彼女には、まだ、嘘をついているという表情を見て取れないのは
この森の中で社会から線を引かれた様に暮らす彼女には、日々・・・

嘘は、必要ないのかもしれない。


素直に自分の運命に向き合って、素直に鳴海の伝統を守る。

ただそれだけが、自分に与えられた生涯だと信じて生きているだけ______ . . .  



月の光が瞬く間に明るく戻ったと思う茶室には、仕舞いを終え席を立った鈴音は居なかった。

森の何百年と伸びてきた背の高い樹々が、強い風でざわめくと
この屋敷を覆い尽くしていた影を消し、明るく照らしている様だった。

月の光に共鳴させる様な茶道具に、月の光に舞い落ちる星の世界を作り出した庭の撒き水の趣に、月光の新月から満月までの時暦を一瞬の一期一会に感じる事が出来た、亭主である鈴音の心遣いは

純粋で透き通ったここの湧き水と同じ・・・

一途に真っ直ぐ目を前に向けた少女であると



鐸杜が自分をここに連れて来たかったのは、自分の名刺を見て、この土地の開発を進めている業者の社長である自分の心を確かめる物だったのだろうと、真実を見せたかったに違いなかったという気にさせられていた。


鈴音の乳母が言ってたな・・・


 “ あなたさまのここが・・・
  ・・・お知りに成られてますよ ”



この屋敷の茶室側に窓が無いのは、茶の湯の趣に俗世である屋敷の存在を窓からの灯りや音で知らしめない為だろうとは、きっと元々の建築者の心遣いなのだろうけれど、乳母が言った言葉には・・・

この森にひっそりと住む者達を、掻き乱さないで欲しいと

この森に住む者達の心を、その心の中に感じる部分が・・・

怜ではなく、まだ踏み入れたばかりの自分に、最初に感じて欲しいと思っていたのだろう。


鈴鳴り岬に来た瞬間から感じていた

・・・・この、懐かしい想い


胸が苦しく締め付けられる感情は、自分にもきっと長い時空を越えて廻り辿り着いたこの時に、何かが引っ掛かっている事なのかも知れない この自分の魂を、この心に受感で認識した。



________ カタッ


座敷を立ちにじり口から外に出ると、満月の眩しい光は風の無い鬱蒼とした森の樹々に覆われていた。
飛び石を戻り、ジャボジャボと水の音がする池の辺りは、もう一度・・・

色とりどりの紙灯篭に火が灯されていて、走馬灯の様にくるくる何か描かれた物が、影絵と成って回っていた。
幾重にも彩を重ねたその影絵を、窓の無い屋敷の壁にぼんやりと写している。

その壁際に目を向けた時・・・


サ――・・・ 


風が強く吹いて、りんどうの香華を運んできた。



背の高い樹々で覆われた森の天井がりんどうの風で掃われる様に、満月の眩い光が壁に映された色とりどりの灯篭の影絵を消した。


「 鳴良さま・・・」


優しい声に気付いて先に目を向けると、乳母がお辞儀をして立っていた。


「 お屋敷の中にどうぞ。 」


促されるまま乳母に付いて行き、枝折戸を抜け正面玄関の扉を入ると、吹き抜けに開いた屋敷の2階奥を鈴音が歩いていた。
灯された屋敷の中で、こちらをちらっと見下ろした鈴音は、先程とは全く違う少女の様に戻っていた。
森の中で猫の鈴の音と違う鈴の音が聞こえたと思ったら現れた、りんどうの咲くその先に現れた天女の様な彼女を見たあの時を思い返される。
同じ様にちらりと階下を見て笑みを浮かべ、廊下の先をそのまま歩いて通り過ぎて行った。

濃紺の着物に銀で染め抜かれた紋付ではなく・・・

長い髪を下ろして・・・

・・・ 紅色の中振袖を着ていた。


中振袖の袂は元々振袖だった物を切り、髪飾りや古袱紗としてその昔作られたものだったのかは、遠目で判らないけれど・・・
もしもそうだとしたら、蝶子よりもこちらの鈴音の方が、鳴海の受継ぐべき物をきちんと受継がれて来ているのだと、受継いだ鳴海の血に所縁・・・いや、怨念を含められた様に感じてしまったのは・・・

乳母に通された部屋の正面角にアレンジされた・・・

・・・りんどうの花を見たからだった。

Act 6





「 鐸杜さまは、ここにはもう いらっしゃいませんが・・・

  今夜は、どうされますか? 

・・・ナ・リ・ヨ・シ・サ・マ・・・・・_______________




乳母のその声に、また凍り付いて目の前が真っ白に成った・・・・・



________ シャラッ・・・シャラ・・・

       チリ・チリ・チリ・チリ・・リ・・・




鈴の音が聞こえていたのは

・・・自分の頭の中だけなのだろうか ___________





Act 8 - Back Stage. Red Leaves






________ チリン・チリン・・・チリチリ・・・


「 もしもし、オレ・・・ 」


電話に出ると、沙夜からの電話だった。
今ガゼボの外に出たところ、振り返ると鳴良は、立ち止まったままこちらを見ていた。


・・鈴音・・か・・・・


鳴良がオレに鈴音の彼氏かと聞いた時点で、彼が気に成るのはオレとの関係なんだろうと考えた。
だから、コイツに知らしめる様に名前を出した。



「 ・・・じゃぁ、すぐ行く。

     ・・・沙夜 _____ . . . . . 」



鳴良の表情は、電話の相手が鈴音では無いと一瞬だけ怪訝な顔をしていたから・・・


・・・フッ


振り返りながら微笑んでいた自分。

前を向いて自分の工房に走って行く。
沙夜の所に行く前にでも そろそろ・・・今は従業員、勤務時間が終わったらダチ。ヤツラも上がる時間だと、沙夜との電話に思いながら急いだ。

電話を切ってギャラリーのドアを開け、ガゼボの方を一度見たら、もうそこに鳴良は居なかった。

ただ、自分が舞い上がらせた紅葉が、灯台の方からの海風に舞い、こちらに向かって降ってきた。
灯台の向こう側に見える黄昏の夕暮れの光は、足元に落ちてきた紅葉たちをさらに赤い色に染めていて、なにがしかの感性を刺激されて、立ち止まって考えた。



そうだな、この次創るとしたら・・・



________ チリ・チリ・・・チリ・・・


足元を見ていたまま考えていると、鈴の音が聞こえてドアを閉めた。
舞い散る紅色に輝いた紅葉の中に動く白いものが見えて、携帯をポケットにしまい、手を差し出した。


「 鈴。おいで・・・」


________ にゃぉん・・・


鈴の頭に被った数枚の落ち葉を取りながら抱き上げて、外から工房の方に回って歩いて行った。
ギャラリーにも工房にも猫を入れたくなかったオレは鈴を抱いたまま、高温で開け放たれた工房の中に向かって声を掛けた。


「 うぃ~す。お疲れ~ 」


あれ? 皆が見たのは壁掛けの時計。
終業までまだあったけど、もういいや。ってな気持ちだったのと、沙夜の所に行きたかったオレだから、もういいぞ。と言ったとたん・・・

_____ そうか? じゃ、鐸杜さん、お疲れっした~

皆の機嫌のいい返事にオレも微笑んだ。


「 おい、明日の夜、ってか・・・
  仕事終わってから用事の無いヤツ、居るか? 」


窯の温度管理をしながらそう聞けば、特にないっすよ。ってな大体の返事。
じゃぁ、明日の夜、ちょっと、助けてくれるか?と鳴良を連れて行く旨を話し、んじゃ、今日はお疲れと皆を帰らせた。


________ ガラ ガラ ガラ・・・ ドン


鈴を抱いたまま工房のシャッターを片手と足で閉めたら、舞い散っていた紅葉は、ぶわっと工房の熱で森の奥に吹き上がって行った。風が止んで舞い落ちる紅葉はなく、ただひらひらと名残惜しげに落ちてきた数枚の紅葉を、その奥の森に見ていた。

ここから微かに見える

りんどうの群生する先は、紅葉が降り積もる様に舞い落ちていて、いつも微かに蒼く映し出す光景を、紅と蒼とまばらにしていた。
背後に、じゃぁ、明日な~・・・バ――・・・と走り去るたくさんのバイクの音を聞きながら、鈴を胸から下ろすと、鈴はその紅と蒼の入り混じる りんどうの森の方に向かって走って行った。

鈴を抱いていた作業着に付いた毛をぱっぱと払い、胸ポケットに入れていた鳴良の名刺を取り出した。



 “ 鳴良 剣 ”


コイツ・・・

どうして、鳴の字が付いているんだろう・・・



ただの偶然だと思うも、乳母が言っていた口頭での なりよし に、この漢字だと思っていなかったさっき。


鳴海に仕える、あの屋敷のメイドに乳母や老婢達も皆・・・

オレのダチと同じ様に、鳴の字が付いている事も思い返す




オレに鳴の字が付かないからなのか・・・



自分には分からない何か因縁めいた、この土地の事を考えながら、作業着の足元に着いた一枚の落ち葉を取り上げた。



じゃぁ・・・

鳴良に・・・





・・・ クッ・・・・・


忘れられない思い出にしてやる。



オレの名刺を東京で見た時に、ここでの事を思い返したらいいと、これから何度でもここの土地開発に足を運んで来る事も想定して、特別なものを創ってやると・・・


もう一度、鈴の走り去る・・・

鈴が舞い上げる紅葉の蒼いりんどうの森を見ながら・・・

鳴良の名刺と共に拾い上げた落ち葉を一緒に持って、ギャラリーのドアの方に向かった。 




白いフワフワの毛に、赤に黄色に紅葉の落ち葉を付けながら・・・


________ チリ・チリ・・チリ・・・チリ・・・・チリ・・・・・


オレの創った鈴の音が遠ざかり、小さくなるその音は・・・

ギャラリーに入る前には、聞こえてこなかった . . . _________




Act 8 - Back Stage.Falling leaves





山の中で、この辺ではかなり珍しい車を見つけた。

夕日が落ち始め橙色だった空が赤く色付き始めた頃、ピカピカの黒い車にも紅色の光をボディに反射させてすごく綺麗だと思いながら、信号待ちのその横にバイクを停めた。



________ ガォン・・・ブルブル・・・・



・・・ったく、うるせーな。

まぁ、信号待ちでも時々アクセルを噴かないと、エンスト起こすその車の事は、ヨーロッパに呼ばれた時の迎えの車だったから、まぁまぁ知っていた。


「 あれ? 大先生じゃん? 」


ウィ~ンと左ハンドルの窓が開けられて覗いた顔は、自分が思った通りのヤツだった。



鳴海・・・

   怜・・・



地元のナンバープレートのフェラーリって言ったら、この辺りでの大富豪は鳴海が一番だと思っているから、やっぱりコイツだったかと覗いた顔に驚きはしなかった。

父である代議士は、この土地の者では無い事は知っている。

鳴海一族がこの界隈を牛耳っている事も、もちろん知っているから・・・

オレは・・・・・



「 ふ~ん。 フェラーリ? 」


フゥと一度メットの中で溜息を漏らして、メットのシールドを上げながら鳴海のお坊ちゃんに話しかけた。

コイツが親の七光りや財産で、欲しい物を買っているとは思わないほど、このボンボンは仕事が出来る事ぐらい地元でも切れ者だと有名だった。


甘いマスクに、色気に、実力。それに人懐っこさも加えて、華やかで・・・


虜にされる女も、憧れる男も

ただの財産の有り余った、恵まれた家庭のボンボンじゃないと一目置く存在。


でもコイツが、その血族に生まれて幸せなのかという事には・・・

敷かれたレールの上を歩かされて、どうだろう?とオレには思える。



「 だろ? イタリアとかも
 山中が似合ってんだよな。 
 ・・・麗しい彼女。 」



コイツのその言葉には、女遊びもしている事ぐらい俺だってもちろん知っているけれど・・・

・・・以外にコイツ、一途なんだよな。



そう思うと、コイツの言葉と感覚に賛同できる。



じゃぁ、麗しい彼女とご機嫌なんだ。ここじゃ・・・



メットの中でフッと笑い、思わず指を鳴らして指してしまう。

どうでもいい会話をコイツと続けながら、一度躊躇い言葉を選んだ最後の一言・・・


「 ・・・いや、国民の気持ちを解れってんだ。 」


「 なるほどね~・・・それじゃ・・・
  うちの大先生に言っておくよ。
  議員秘書としてでなく、息子としてでもなく・・・

  ・・・国民の意見・・として・・・」



そうか・・・
国民の意見な・・・。


コイツが選んだ言葉にも、一度躊躇いがあったのかは解らない。でも家族を思う気持ちは、コイツの血がそうさせているんだと自分の心に感じて、前に向きなおしメットのシールドを下ろした。


コイツもエンジン時々噴かしつつ、オレもエンジン負けずに噴かしつつ、待ってましたと青信号。

どーでもいい会話には、どーでもいいタイミングで、どーでもいい意味の無い信号が変わったところで・・・


「 じゃ、またな・・・」


メットの中で言いつつ、じゃぁお先に・・・・・



自分の人生だって、コイツに負けず劣らず、突っ走って自力でどうにかしてる。

ま、全てが自力だったかといえば、初めは違うかもしれないけれど、初めて賞を貰った時にはそれなりに自分の人生を考え出して、真っ直ぐ前を向いてやろうって・・・


枯葉が舞い落ちる山中は、森の中と違って紅葉が少ないと思いながら、あの森の綺麗な光景を思い出して枯葉を吹き飛ばす様に真っ直ぐ走り続けた。
森の綺麗な四季の移り変わりを、一年中見て感じる事が出来る恵まれた環境が、自分の感性を刺激してくれる。その中で生きている事に、自分は幸せを感じるのだから、鳴海のヤツラより幸せなのかもしれないと・・・

森の中に隠された鈴音を思い出していた。



「 ィ・・・ヤッホ ――――― 」


山中にスピード標識はあれど、スピード違反も気にせず・・・
スピード違反を絶対に出来ない、後ろの真っ黒に輝くフェラーリには、世間体なんてもの

その背中に背負って、一生を生きて・・・


それでもその中で楽しんでいるアイツ。

こうして自由に叫びたくても叫ぶ事も許されないその立場には・・・




・・がんばれよ・・・



ま、オレには関係ない。

・・・鳴海の血・・・・・




血の色・・・


そう思った紅葉の増えてきた山道に、真っ赤に燃えるような夕日の沈む最後の色を山肌の岩に、
坂道を少し下ったその先に・・・

大好きな景色がある


________ キッ


シールドが邪魔をして綺麗な彩に見せてくれないから・・・

ブレーキを掛け、エンジンを掛けっぱなし、バイクに跨ったまま、メットを外し
後ろを振り返ると黒いフェラーリはまだ来ない・・・

目を瞑り、この大好きな方向に振り返れば、深く溜息を静かに付いて目を開ける。



高原の様な広い大地の先に、水平線に紅いラインを横に光らせて・・・

燃える様な太陽が冷たい海の水に浸かる瞬間


ジュ・・・っと音が聞こえそうなほど、燃える赤い光の色がいつも向き合う炎の色で
高原の広い大地に佇む、白亜のデカイ屋敷が・・・

夕日の紅色に染まる大地の中で、燃える様な色に染まっている。


目の前を舞い落ちるたくさんの紅葉に、ふぅ・・・と息を吹きかければ・・・
自分の息で山の中を方向を変えて、あらゆる方面に散らばっていく。


________ チリン・・・


鍵につけた鈴がバイクの振動に揺れていたその音が、この鈴鳴り岬の音の根源を自分が作っているのかどうかは、解らないけれど・・・

地元のものだと胸を張って言える、功績を創った自分。


高原の先の森の中に自分の居場所を見つけて・・・・

この大好きな光景をこの胸にもう一度感じさせて・・・

目を瞑ると真っ直ぐに見ていたままの紅い光のラインが、瞼の裏に残っている。



「 ま。スピード出しすぎて、破滅すんなよ。 」



遠くから聞こえてきたフェラーリの音に呟いて、メットを被りバイクを出した。



急いで生きるな・・・って・・・

・・・言いたいんだ ―――― ・・・



________ バ・バ・バ――― ブォ ――――・・・・


「 ヒャッホ ――― ! 」


大好きな光景の向こう側。 分かれ道で反対に曲がって行く自分。
フェラーリのアイツは、このまま道なりに沿って行くんだろうけれど、自分が向かうのは山中深く反対側。

夕日を背に向かう その方向には、星が瞬き始めてきた暗く彩づいて来た青紫色の空が広がっていた。

落葉は夕日の紅色を失い、その姿を影だけ見せて・・・

それでも舞い落ちる葉の中をかっ飛ばして吹き飛ばせば、もうすぐ __________




日の落ちるのがずいぶん早くなった・・・




鳴良の名刺の入った胸ポケットを拳で叩き


この光景をお前に思い出させて止まない様にしてやる・・・


叩いた胸に刻む心の中を、イメージして ___________







Act 9 - Back Stage.2





________ ピンポーン


「 オレ・・・」


裏口のインターホンにそう告げるだけで、ここでは誰でも開けてくれていた。


________ ガチャッ


「 あぁ、ごめんね。呼んで・・・ 」


「 いや、別にいいけど。沙夜・・・」


メットを持っただけのオレの手を、沙夜が見詰めていた。

なんだよ。と思わず言ってしまうけど、ま、そうよね。と沙夜も言う。


「 なんだ、花でも持って来てくれたかと思ってた。 」


「 はぁ?なんだそれ・・・あぁ、もしかして
  ・・・鈴音に聞いたか? 昨日の事 」


「 そうよ。りょう・・・ 」


まぁ、鈴音のところだけなのかしらね、そう云う事が出来るのは。と沙夜に言われて、まぁな。と言い返す。


「 そうなの、昨日ね・・・
  鈴音の所に行ったら、メイドが右往左往していたわ。
  花器が足りるかしら?とかって言いながら・・・
  家中の花器を探していたみたいね、

  ・・・りょうが持っていったりんどうの花が多くて。 」


だろ? 何も言わずに沙夜に微笑んで返した。
自分も今日見たのは、リビングルームの壁一杯に、りんどうの花が思い思いの一鉢ずつに生けられていた室内の光景。

あぁ・・・

鈴音達らしいと思いながら、今日は鈴音に会っていた。


「 そうそう、昨日は2人でりんどうの花を楽しそうに生けていたわ。 
  鐸杜さまがお持ちになって下さって、ってさ、彼女の乳母も言って 」


全く、私には何も無いの?と沙夜は言う。でもさ・・・


「 バイクだから仕方ない事。 」


「 あぁ、また飛ばしてきたの? 」


うふふっ・・・


「 ・・・ありがとう。
 そうね、持っていたら花が飛び散るぐらい・・・
 早く来てくれた事に、感謝かな? 」


微笑みながら言ってくれるその言葉は、心が繋がっている証拠だろう _________





Act 9 - Back Stage.2






あと少しで満月が満ちる その宵の始まり

青紫色の空に森の方から、光が顔を見せる瞬間・・・・







「 うぉっ! 綺麗だな~・・・」


紅色に染まる大地の先に、紅色の光の線を波に揺らす光景の中。
白い自宅が燃える様に輝いているその光景を、左に曲がって坂を下りつつ見ていた ________




Act 9 - Back Stage.2


「 ・・・沙夜。見える? 」


後ろに抱きついて2ケツしている沙夜に声を掛けた。
さっきは見えた紅色の夕暮れはもう見えなくて、変わりに見えるのは自分の住む森の上にかかる月。


「 あぁ、満月ね・・・綺麗・・・」


明日が満月だと鈴音が言っていた事を思い返していたけれど、今夜の方が明るいだろう。
満月の夜は一時暗くなる月食だと思いつつ

そうだな、今夜の方が綺麗かもなと無言で月に微笑んだ ________

Act 9










右と左と別れる様に・・・









Act 9




________ 眩しさと闇の二つが訪れるその宵には ・・・



この森にひっそりと住む者達を、掻き乱さないで欲しいと

この森に住む者達の心を、その心の中に感じる部分が・・・

まだ踏み入れたばかりの自分に、最初に感じて欲しいと思っていたのだろう。


鈴鳴り岬に来た瞬間から感じていた

・・・・この、懐かしい想い



胸が苦しく締め付けられる感情は、自分にもきっと長い時空を越えて廻り辿り着いたこの時に、何かが引っ掛かっている事なのかも知れない この自分の魂を、この心に受感で認識した。


海からの風が、りんどうの香華を運ぶ・・・

・・・その屋敷で・・・・・




「 鐸杜さまは、ここにはもう いらっしゃいませんが・・・

  今夜は、どうされますか? 

・・・ナ・リ・ヨ・シ・サ・マ・・・・・_______________




機械の様なその声で名前を呼ばれ・・・・・



________ シャラッ・・・シャラ・・・・




鈴の音が聞こえていたのは頭の中だけなのか確認しても・・・



紅い夕焼けの落ちた時の親友との会話


“ じゃぁ、もしかしたら・・・”

“ そうだな ”


気楽だった夜の帳が落ち初めた頃

・・・まだ満月は昇っていなかった。





なぜ・・・・






紅色の着物を着て2階の廊下を通り過ぎたはずの少女が、この部屋の正面に白猫を抱いて座っていた。

その足もとに紅色の落ち葉を落とし、真正面に向いた自分に微笑んだ瞬間




________ チリ・チリ・チリ・チリ・・リ・・・



背後に鈴の音が聞こえて 




森の樹々で覆い尽くされていたはずのこの場所・・・

白猫を抱いた少女の背後の窓には



復活した満月が明るく照らし、少女を影に浮かばせた。







「 鈴音・・・ 」 




「 ・・・れい は、ここに・・・ 」




「 どこ?・・・ 」





正面を見詰めたまま動けなくなった自分のその言葉に、高らかに声を上げて笑い出した。






________ チリ・チリ・チリ・・チリ・・・・






あっ、でもさ・・・うちの鳴海の家系ってな・・・

ずっと名前に関しては続いている事があってさ

・・・鳴海の家系は先祖代々皆、令 れい の漢字がどこかについているんだよ。


ほら・・・俺の名前も左側は・・・


令 って漢字が・・・




レ・イ・ッ・テ・カ・ン・ジ・ガ・・・

・・・ツ・イ・テ・イ・ル・ダ・ロ 






鳴り止まない鈴の音に、鈴音の笑い方に思い返していた __________






Act 9 - Back Stage.1






幾百年とこの森を創ってきた、天を覆い尽くすほどの樹々

鬱蒼としたこの森の中心に、風の音は聞こえなくて

鈴の音だけがはっきりと背後に聞こえる・・・



りんどうの香華を運んでいた風が無くとも

ただ1つの窓の外に覆い茂った樹々は見えなくて

大きな満月が空の見えない筈の窓の外に・・・



・・・その1つだけの窓を背後に



影となり

その表情を隠して




たった一刻の中に一月の満ち欠けを終え

共鳴する輝きは蒼く暗く・・・





窓の無い壁際に・・・


・・・目を向ける事は・・・


許されるのか・・・ 






瞬きも出来ない自分が

彼女から視線を外す事は
























リ  






・・チ


  リ・・・・









Cast

敦賀蓮・貴島秀人
村雨泰来

京子
琴南奏江







Act 8 Back Stage. Red leaves







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Story by mimi*美海 ™ 美しい海の彼・方より mimi’s world From far away beyond beautiful sea.

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To be continued


.................... To Act 10







☆ こちらの作品は、2014/12/24 にUPしましたが、作品を一箇所に纏める為に日付をずらしました ☆


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mimi's world from Ren Tsuruga and Chuehonn Hizuri
Love Letter from RT and CH

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