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BLUE MARBLE - Prologue.Dos - 

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普通高校に行っていた私に、両親は何も言うことはなかったけれど

両親は、担任の先生と校長先生に学校に呼ばれていた。


校長先生には・・・

成績には何も問題は無く、クラスでも積極的に明るく進んでリーダーシップを取り
まだ入って2ヶ月経たないうちすでに、生徒会長とあだ名をつけられ、授業態度も今までに無いほど優秀な生徒さんです。

ただ、我が公立校の時間割は、選択科目も必須であり、1日1時間目から6時間目までの毎日です。
他校に比べて勉学育成を目的とした、授業必要時間が1.5倍はある高校です。

芸能活動に、プロフェッショナルのバレリーナとして、ギャランティ出演料を
それからバレエのインストラクターに毛筆硬筆の師範としての、給金など

これらは、我が校では今までに一度も無いケースとして、校則の中にある、アルバイトの禁止
これに当てはまらない、アルバイトではなく、特殊活動とみなしました。


そして担任の先生に、両親が言われたのは・・・


成績に問題を出すわけでもなく、クラスの中でも異端児であるわけでもなく、人気があるのは確かです。
ただ、保護者の方々からの問い合わせが頻繁にあることは確かな事で・・・

アルバイト禁止 この校則に、特定の1人だけに先生方が目をつぶる  

“ えこひいき ” ではないかと

成績がいくら良くても、どうなのかという事。

実際に雑誌や情報誌などで見ることができるそれらの活動には、この学校の校風が疑われるのでないかという事。
実際に1組から成績順に効率良い授業体制をとっている厳しい学校ですが、この高校に入る為に、受験勉強を必死に数年かけて入学する子が殆どです。

その親御さんたちからしてみると、校風の疑いに疑問が出るのも無理はないかと思う事もあります。

直接、2年生や3年生の生徒からも、新しい今年入った1年生から、アルバイトをしてもいいになったのか?
この様に聞かれることも、少なくありません。

先生方は、生徒や親御さん達への対応として、出演料ではなく お祝い金、給料ではなく 感謝料 この様に対応してきました。

これらは、もちろんアルバイト禁止である、公立中学校側からも伝えられていた事で、入学に問題があるなら入試前に進路変更をしたいとの申し出でした。
成績に偏差値に問題ない生徒は、少なくはありませんが、この高校に入学する為に、滑り止めを何校も受ける受験生が殆どです。

その中で、我が校1校の受験のみの時間しかない生徒がいる。
スケジュールの方が、入試内容より重要だと、中学の先生からの問い合わせも初めてでした。

義務教育を終えても、高等学校は義務教育の引き続きの様なイメージは、日本全国どこでも誰でも思われていると思う事に、
思春期の子供から大人に変わる情緒不安定な年齢の子供を持つ親御さん達の不安もこの校に入れた誇りもあるかと思う事。

それに、もう一つ

出席日数に、授業に、成績に問題が無くとも

彼女自身 時間に追われて生活していく中の、我が校の授業必須時間の多さに大変かと思います。
それにもまして、部活動の課外時間までも活躍しようとしてくれる、お嬢さんの体力が、もし仕事に影響しては?とも、金銭の発覚に申し訳なく思います。


 ・・・どうでしょうか?


この様な面談は、両親を考えさせてくれた。



この高校は、私が行きたかった高校ではなかった。

中学2年生のとき三者面談で、担任の先生から “ 志望校 ” と言われ・・・
ん~~~ 行きたいのは~~~・・・

ぜんぜん違う。日本に無い。

そう思っていた私。

私は、留学がしたかったけれど、英会話にはさほど興味は無かった。
中学の英語授業は、はっきり言って・・・


“ 単語覚えれば数学みたいなもの、公式どおりに当てはめる文法 ”


このイメージ。
どちらかというと、文系よりも理系の私は、いまいち好きでなかった語学だった。

日本から1歩も出なくてもいい!

そうも思い、クラスで英語の先生に言ったのは・・・


 これらの英語教育で国際社会に出れるのか? 
 恥ずかしくて、私は、日本から1歩も出なくてもいい。


直接英語のテスト中に、英語の先生に質問をしたことがある。

多分、先生は、ものすごくショックだっただろうと思う。
何も答えられないのは、先生も思っている事でいいか?その締めくくりに、クラス中が盛大な拍手を送ってくれた、中学1年だった。

その年上がり、中学2年生の三者面談で、担任の先生から “ 志望校 ” と言われ・・・

・・たが・・・・

 我が校からの卒業者としての “ 志望校 ” が、学校側からあるけれど?
 どうでしょう?

自分の志望が無ければ、どう?行ってくれない?という逆志望校。
母は、その場で手をたたき、ナ~イス!って三者面談で先生に・・・

 はい、ぜひ。

母が勝手に、即返して先生と親とで決められた。



私は、転校しました。

自分の意思が向かったのは、本当は行きたかった高校留学ではなく、私と同じ様な子ばかりの学校に。


これは、この様な子ばかりが集まった、アメリカンスクールでの始まりか・・・


私のこの学校時代の友達は、全員 同じ様に

問題児 と言われるほどの思考を個々に持つ。

私の夫も、そのうちの一人・・・



夫の母親 私のお姑さんから、いつも口癖の様に聞かされる。


  まぁ~~、本当に大変でしょう?
  この子は全く、思ったら直ぐいなくなっちゃう。

  気づいたらいないのよ。


『 うるさい! Shut your mouth up!Mom
  Hey 父さん!Thats my seacret why you give! 』


日本語と英語と混じる会話。

夫は、私と同じ様に歩き始めたのも早かった。
歩き出したら、すぐに・・・
家から出て、勝手に遊びに行っていた と Parents in Law によく聞かされる。


『 そうだな・・ 俺が初めて酒を飲んだの?
  ん~、幼稚園の頃は、園帰りに一杯引っ掛けてた?
  お前も飲め~飲めって、面白がられたのが切欠か・・・ 』


それには、夫が Hey Dadっ!って、子供のころの写真を持ってきた父親に言う、私のお義父さんが・・・


  そうそう。こいつは、いける口。
  俺の見込みは、間違ってなかった。 がはは~っ!


夫も言う・・・

『 ん~、確かに。 ミルクの後、りんごジュースを飲んだ記憶は
  一応? 一応程度、お情けであるようなもんだけど・・・
  初めて飲んだアルコールは、日本酒一升瓶からコップで渡され 』


  そうそうっ! ガラスのコップも、お前それが初めて。
  お~~っ! 飲み方知ってるっ!って感動したもんよ。
  コップの使い方のほうな。


『 そうなんだよな・・ 牛乳より酒の方が先
  幼稚園から帰ってくると、酒とタバコ臭い 』


初めての炭酸が、ビールだったという夫。

はじめに覚えたカタカナは、“ ー ”

数字の一 1 や、始めの一じゃなく、のばす音。何でかっていうと・・・ 

ビール

それに、ホッピー。 

カタカナは、濁点半濁点、小音に伸音 カタカナの多種類そろうビールとホッピー。
字を覚える頃は、ホッピーよりビール。って文句をいう子だったらしい。
その後の炭酸は、ハイボールだったらしいが、ワイルドターキーとニッカの違いもわかってたらしい。


『 Titos やばいっ! うめ~~って思った。 』
 
 
日本酒だと思って飲んだ・・・ オチョコだと思った、ショットグラス。

ガッと一気に飲んだ、ウォッカのカ―っ!ってのど越しに、辛口の味は、彼の味覚に合ってたらしい。

 んでさ・・・ その時か?
 興味があって、おっちゃんにもらったタバコ。

お父さんも、子供がゲーセンに勝手に行くより、家庭的な居酒屋親同伴の方が子供の内はなんだかいい、小学生になったらちょっとマナー教育な感じにバー。 大人社会教育環境を学ばせるには、この方がいい気がしたという。


『 煙草? そうだな・・・
  気づいたら吸ってたな・・・
  9歳には自販機で普通に自分で買ってたか・・・ 』


そう、俺すれてた。幼稚園の友達が好きなお菓子より、スルメにツナピコ、チーズにアーモンド。
シガーの砂糖菓子が駄菓子屋にあったけど、公園とかその友達の横で、普通のタバコ吸ってた小学生。
駄菓子屋って、酒屋経営多くない?タバコも酒も、奥にあってさ~・・・

子供の頃は、身分証明の要らない日本で育った夫。
子供でも、オツカイ?エライネ ってお父さんのお買い物にくる子と思われる日本育ち。


『 こっちの方が、うま~いって、自分で思っただけだけど・・・
  俺の親 それらは止めない自己管理でいいって? な、父さん 』


面白がって子供に酒を飲ませた、親が悪いと言うけれど・・・

自己管理でOKよ。 
言ったところで聞かないし、家出するだろ?と言う、ご両親に・・・


『 そんなのが、ま、多々あって、家出たんだよね 』



もうね、とにかく家を出たかった。15.6の時・・・
早く、自立して~~・・・って思ってた。


  そうだな、国まで出てった。


夫のご両親は、国をまたいで16になる前に、勝手に家出した息子を持つ

私の夫は、その・・・ 国をまたいで勝手に家出した少年

家出して、11年目。 夫が10年ぶりに実家に帰宅したのは、“ 彼の奥さん ”私とだった。
日本で出会った私たちが、すごした数年がある・・・



私と夫の出逢いは、同じ学校の隣の席



問題児? 世間的に問題なのかといわれたら・・・・ 

問題だろう。

常識から並外れた子達が集まる学校だった。



私は自分でも、驚いた。



今まで チョロ過ぎた・・・ 

でも・・・ あぁ・・・・

仲間がいる ・・・・・・ って・・・・・・・




目標は明確でも、理想だけである



違い・・・  

誰もが思いつく、“ 目標と現実の違い ” これ以上に・・・


違いとは・・・


 目標と理想  は違う
 
 理想と現実  も変わる

 
その先の 目標 も多々に変わり出来る


ゆえに・・・ 


 現実とリアル  は違う


目標とリアル この 現実 が違うゆえに



その理想 も・・  

“ 多々に変わり替わる ”    ・・・移り換わる ではない
 

時間を追って変える考慮は、普通だろう。

時の中、自分以外の影響から変わるがゆえに、替わる 代替わりに移り行く時間を想う



留学に反対している親も、この学校に入ったら、数年我慢していれば出してくれるだろうと思った選択だった。

編入という形で、普通高校から推薦状を出してもらった。
自分で決めた進路に、普通高校に勝手に決めたことを反省していた母は、ん~~~と唸ったが、どうしてやりたい事をしてはいけないかと悲しくなった。

私は、自分で言い始めたバレエだったけれど、母の為にバレリーナに成らなければならないと思っていた。

好きで続けて、全国のエリートジュニアが集まるところへも、7歳で入った。
その1年後には、その中のエリートグループ・オーディションにも合格して、大人と一緒にチケットのある公演に出演する様になった。実際 テレビタレントやグラビアなど風紀を乱すような仕事ではないと、自分で思っていても、モデルをはじめてから・・・
詳しく内情がわからない一般的には、職種は同じに見えるのだろう。

学校の先生は、風紀が乱れる

そう、生徒の親から言われているに違いないと思った。


芸術の感性を乱した、メディアの方が身近すぎる。

芸術に触れずにいるくせに、芸術家はきちがいだという概念が無いだろうか?
下田カゲキに岡本太郎、どうした?あの人っ!?って個性的な観念を押し出せる 感性がわからない

一般的な水準ちょい上 この部分が単なる好まれる幅である。



じゃ、そこに収まる、賢い子であればいい・・・

義務教育まで。

そう考えていた私だったが、私のしたいのは表舞台に立つことではない。
裏方として 自分の頭の中の想像を、見えるものに変えて・・・

普通の人に見せてやりたい

絵画ではない、これからの時代は、筆など使わなくなる。

CG Artistや監督に成りたかった。日本でそんな学校があるわけなかった。
今の時代と違う、まだ ILMができたばかり。 D.Works から独立したPixer CG事業立ち上げの始まる前の年
私も受けたいと思うほど、でも・・・ 子供だった。
立ち上げの中に抜擢された一人の取り締まり役部長は、後Appleを立ち上げた創始者。

この会社に入りたいって思っていた中学生の頃・・・
D.Worksの設立者である、元映画監督の2人全盛期。この二人のいた大学に、特別クラスがあることを知った。

絶対そこに入りたいと思っていた私は、バレリーナになったことは、もういい・・・ やめるとまで言ったけれど・・・

15で?なに言ってんの? 
・・・ だよね。 

じゃ、25ぐらいのオバハンなるまで、我慢しようと、25歳を目標に、10年ね~~・・・


『 25歳はババン 』


このぐらいなら、まだ大学も行けるっ! よしっ!目指せババンと決めたけれど、自分で進路を選びたいと思った。



私の選んだ学校は・・・

全員学生Studentsであって、高校生という呼び方を日本の様にしなく、アメリカの学校と同じGrade 1 ~15という呼び名だった。

Grade1の前にPreSchoolという呼び名の幼稚園KinderからGrade 13以上はSenior High等というけれど、日本の様に学校の種類的な呼び方は全く一般的でなく、Grade 数が主常識のアメリカでは、学校のレベルタイプによりいろいろな呼び方があってHigh SchoolやSenior High Schoolという呼び方をする。

そのような一般学校もあるけれど、私たちの行っていた学校のGradeはJunior High Scool Senior High SchoolまででもSenior-High以上の呼び方をされるPreCollege Grade-HighのBasic、Intermediate、High-Intermediate、Advance、High-Advance で Gradこの6年Great-Grand Grade。

エリート中のエリートが集まるとは、このとき知らなかった。

エリートの中のエリートには、子供の頃からオーディションに受かってきた私には、たいしたことない普通だと思っていた。

Grade Lavelの落ちるのも即、上がるも即、退学も即で半数以上は学校卒業できないまま突如消えている。
同じクラスになるということは本当に稀で、上がるも下がるも学校に在籍しても、同教科のレベルも多々で1学期ごとにバラバラになる。このバラバラ加減が伝えたいけれど日本と違うシステムに大変不可解なので、とりあえずはこのGGGの中6年ということで、6年の頭からいなければいわゆる転校生。

必須は学力レベル審査でも、面接に意欲と体力技能とユーモアと英語能力があれば適当な時期に入学する。
アメリカ人の子は現地Gradeなどからさくっと決まるのだろうけれど、日本の学歴は関係なかった。

Elementary Schoolという日本語は小学生だけれど、語源としてはElementsであり 要素 その学校というアメリカ。

要素基本から在宅授業の通信学生もいる義務教育で、GGGはとても特殊稀な学校で、中学生って日本語訳したら、Middle School 、Junior Schoolといろいろあれど、Great Grand GradeのPre Collegeとかいろいろ分かれるのと、国際的にはこのような稀な学校はもっといろんな呼び方があるが・・・

もうアメリカに入らないとたぶん分からないので、とりあえず行ってみたいと思っていた。

もちろんGradeの飛び級も、知っている。

さっさと卒業証書だけもらえれば、もっと早く人生進むと思っていた。



面接のユーモアとは、知能の広がりを会話の中に探しているのと、情緒に感性、性格を見られているいがいに重要視だったと後に夫に聞いて知った。
ウケルうけないは別として、興味を持たせられるかのHuman Humor 人間性。

私の編入には、学力テストは受けなかった。

高校からの封印された分厚い茶封筒での報告英文と日本文の両方だけで、何が入ってるかは知らない。

絶対開けるな!って命令出される威圧の、テープに校印に校長の判子が上下3つずつ押されていた。


面接はアメリカ人の先生方のみの私に、両親は別室で日本人校長と同じ事を聞かれていた。

ユーモアには、どれだけ素直であるかの性格、装わずに素直な気持ちや意思であり、何がしたいの?には宇宙に行くかCGArtist 映画制作でも、そのまえに行きたいUniversityでは、チアリーダーをしたい。ユニフォームが可愛いから~!とか

読んだ本で面白かったのは?に、地球滅亡説を唱えるケイシーやハンコックのそれはない!とな、反論をうったえつつ、流星はですね基本的に人工衛星が燃えるおよび洗濯物を宇宙ステーションからの大気圏焼却目的で~・・あとは、ミヒャエルエンデの創作童話が大好きです。と一応英文読みのほうがいいかと?ってのも感想と共に付け加え、日本の作家だとですねの図書館ほぼ丸ごと読みのため、どれかといったものはほぼ無いが本当で・・・と素直な返事をしたのが、よかったのか・・・?

速読する?じゃないとそれだけの本読む時間が無いと言われて、先生が自分の鞄から読み途中持っていた本を ほいっと1冊渡されて、1分あげると言われての1分読みに読んだ部分までの1分レポートを言わせられたが・・・

感想に内容を述べると共に、そこまで興味わかない種類と素直にぶすっとし・・・

日本語なら全部読める。英文はまだこれからこの学校で出来るようになると思うので、1年後にしてくださいとの付け足しやらやら・・・

ウケまくられて笑い止らぬ、気さくな先生方の誘導尋問にぱかっと引き込まれ面接は早かった1時間。

人間性ユーモア部分に興味を先生方が持ってくれたようだった。

面接は、私も笑いながら、初めて 自分も英語で・・・

バレエ以外に、自分のしたい夢を、素直に言えることができて・・・ とても楽しかった。


初めての開放感にやり遂げた感が、満点確実テストなんかじゃなく入賞確実コンクールでもなく
違う・・・


自分の人生に、閉じ込めていた心の プレッシャーから、初めて開放された。


両親はコチコチに10分だけだったらしい。

私の事の第三者的説明はもちろん、それと両親それぞれが同じ質問に親の性格に遺伝子まで見てるといっていた。

嘘発見器のような面接に、落ちるが多々。
日本人にありがちな 装いもなし羞恥もなし自己認識に認められる性格のHumanityとアピールトーク。椅子に座った態度や仕草の心理状況での高揚と冷静を見ていた。

英文に手間取ったと素直に普通高校の校長に英語の先生方に言われたが、この高校の学力報告でGGGのこの学校にははいれた。けれど・・・

スーパーだろう頭脳集団は国際レベル

これが、中学の英語の先生に文句をたれた私にとって、期待十分。
受かるはずない。って思っていた、親は、私が以外に英語が話せたことに、踊りだした。

特に、母。

 
  お祖母ちゃんの血だわ


母の言葉は・・・・

そっか、お祖父ちゃんの瞳の色を聞いてはいけないと思っていた私にとって、違う・・・この自分の事を思う。
私が生まれる前に亡くなっていた母方の祖母。

祖母は、戦時中ナースをしていた とだけ・・ 


でも、私も兄も、母に似ている。

髪は栗色で天然パーマのくりくり。
兄と違うのは、そばかすの多い白い肌の私。
つるつるの白い肌に、薄ピンクの頬の兄は、天使みたいっていつもチヤホヤされていた。

女の子としては、気に食わない 劣等感 

幼稚園に行く前から兄は、幼児からオバサンまで皆にもてていた。

夫は面接が短かったと言う。ものの5分弱と手を開いて教えてくれて、3つ聞かれただけと言う。
夫には、テストあったよね?ときかれて・・・・

 ・・・ん?まったく無かった

じゃないの?って声をそろえて言った・・・ 夫は入学テストを受けたという。

3つ目にテスト受けるか?と聞かれてYesと言っただけらしい。

全員テストがあったと思ったらしい、けれど・・・

ぶっちゃけ バカと天才 紙一重 
挫ける性格は、普通の人。 奇才奇人の気にならない性格要。
アホ奇特アホ奇人トーク盛りだくさんの頭のおかしなトリビア変人だらけ・・・
真面目な人では、耐えられない人も出てくる。

そんな真面目なお方には、普通の高校でいいんじゃ?って日本人校長にしらっと廊下で言われる
こちらも変人の冷たいって思われるけど?そんな校長先生おわせらられる・・・

なんだか、堅苦しくない 苦しゅうない、ちこう寄れなイメージの学校だった。

きっと優しい いい校長先生って思う私たちには、分からないのかもしれない

私たちは、おかしな奇人変人種鬼人陣。

そんな中に馴染めない子も多々・・・
物申すっ!の自我の強い変人たち

そんな入れ替わりも多々で・・・

いろんな理由で才がバラバラ、日本の様に何年何組ってクラスもほぼ無い選択単位制。
8月終わりから始まるアメリカの学年。転校生もりもり・・・
日本とのギャップで、前に8ヶ月ずれている子も 後に4ヶ月ずれの子もいた。


なので、転校にもさほど気にしないいでいいか~~~~

どうも、自分も緩んできた、心のホッとした感が満載で、嬉しくてたまらなかった転校だった。


この転校編入面接は、この日2人だった。

面接に来ていた、一つ年上の男の子がいて、一緒に帰ろうって さっと手を差し出しされた。

どう見ても日本人の男の子。
日本語で話しかけられてもいる。
彼の両親は、ばいば~いって手を振ると、居なくなってしまった。

これに・・・・

もうこの学校に来る

この意味が・・・ よくわかった。


同じ感性の人だと、初めて思えた。

初対面で、声をかけ手をつないで帰ろう~!って、そんな事は・・・
今までの生活の中にありえない男の子との、その両親の放置度にも、全て初めての出会いだった。

要するに、幼児並みの下 もしくは、とっくの大人の上

愚者と天才紙一重。

真ん中は、この学校に皆無。普通の高校にいる普通のライン幅に収まっている。

それまで、都内からはちょい郊外の学校にいた幼馴染が私には居て、すでに数年前から寮生活で親元から離れていた。
中学は距離も離れた学校だったけれど、同じ学校に私より前に入ってきていた。

そう、こいつも・・・

バカと愚者 神一重 ・・・ いや、間違えた バカと天才の紙一重



私と夫の出逢いは、同じ学校の隣の席

問題児? 世間的に問題なのかといわれたら・・・・ 

全ての生徒が、問題だろう。

常識から並外れた子達が集まる学校だった。



でもその前に、このスーパーエリートな子達ですらも 

なんだそら?・・・

そう思う体験なのか

私の3,4歳の頃の事が、思考の発端なのでしょうか・・・



今でも疑問で解明不可能である 未知 と言葉を使われ、はい終わり以上、考えなくてもいい事かと・・・?

一言の言葉にすると、幽体離脱 


でもそうなのか? そう思うだけ・・・



私は夢を見ていた。


アリスと同じ様に、生垣の迷路の中・・・の様な場所。

でも、生垣の香り、緑の香りが本当にしている様だった。

背の高さより大きい生垣は、整然と整い並んで列を作っている。
葉っぱが青々と緑でお茶の木の様。

水が撒かれたばかりなのか、雨が降った後なのだろうか・・・

お母さんを探して、木の間を歩いていた。
肩に葉が触れるたび、肩が濡れて両手で拭いながらだった。


なんでお母さんを探しているんだろう・・・

そう思いながら、たくさんの何かに後ろから追いかけられていた。


あっちこっちから現れる何か 

生垣よりも大きいけれど、生垣が小さいのだと、追っ手の腰の高さの生垣に、背の低い私は肩の濡れるのを我慢して隠れながら逃げていた。

逃げ疲れ、挟まれた時・・・

突然真ん中、目の前に輝く階段が現れた。


階段を登り始め、10段ぐらいか・・・
後ろを振り返ると、階段があるのに階段は見えてないのか、私を探して固まり集まった何かが、茶畑の生垣の迷路中に見える。

落ち着いて上り始めようと、上を向いた時、もくもくとした雲の中、射している光の中から声が聞こえた。



私の名前



母の呼び声に私はそこから、ひゅっとすごい力で引っきよせられた。

引っ張られた感覚は、頭をわし掴みされた様に残ったまま・・・


次に見えたのは、自分。


私は部屋の天井と壁の隅、部屋の上角にいる。下に寝ている私が見える。

母が、呼びかけて、ほほを叩き、私を起こしている。

私は高熱で、氷枕に氷嚢に汗だくで、寝ていたと思い出した。
その時また・・・

ひゅっと引っ張られ・・・

気づいたら、目の前に母がいる。


私は布団の上で横になり、汗だくの肩に両手を当てていた。

私を起こしていた母は、ほっとして、泣いていた。



し ぬ か と お も っ た 



この言葉は、この時、死ぬ この意味の解らない歳の私でも、今だに母の声が思い出せる。

茶道をたしなむ母は、こだわりがあり、茶農園に自分で出向き普段飲む緑茶も抹茶も、直接買いに行く。
よくお茶屋さん行こう。と連れて行かれ、大きな樽や茶壷に入った茶葉をトントンと小袋に入れ、また継ぎ足し紙縒りで紙の袋を縛る。茶筒や茶缶にもトントンと入れてくれる作業を見て、私お茶屋さんになりたいと言いながら、お膝にお菓子の入った箱を抱え電車で帰ってきた記憶は、思い出と呼べる程たくさんある。

私が考えだしたのは、その後の事

脳波検査に、母に連れて行かれたこともある。幼稚園児でも覚えている脳波検査。
MRIにCTスキャンの写真を、覚えている。


私の脳の輪切りだ・・・ って・・


熱が下がって鏡を見ていた。


腫れた自分の顔を見ていても、鏡の中の自分は見ていない。

これは・・・

目から見える範囲の実物。


鼻先、舌を出して舌先、手に足、おなか・・・

鏡の中に写る自分を見ながら、表情を動かした。

動かしながら実際の見える範囲の顔を触る。


私の考えは、幽体離脱ということの体験

自分と言うこの生物の体の中に、入っている 自分・・・

名前?誰? だれって・・私には、命という体の殻につけられ与えられただけのもの。
時間と言う人生制限を、与えられただけの、殻であり、中の物は魂というもので名の無き個々体

名は必要ない・・・

それともう一つの可能性

鏡の中という世界が広がっていて、同じ人が同じ様に時を過ごしている異次元空間だとしたら?・・・

そうも考える。

クローンがそこにいる・・ 
それは・・・
その向こう側の私にとって、私がクローンかもしれない。

と・・・


数字に、生命あるものに、光の色が動く

それを見える・・ではなく、感じる・・・ 

そんな事を言い出せば、私にとって、それが身に起こるものであっても、

なんでしょ?と頭が普通という常識に固まる大人に、わかるはず無く・・・

私は笑う・・・



その思考をもち、すごした青年時代

そんな子の溜まり場の学校生活は、忘れもしない 楽しい人生・・・か?・・・

どうだろう・・・



私の夫の話を少し

私の男たちの話を少し


私たちの学校には、そうぞ、一つ自由発想を



普通高校までの私は、普通の小学校に中学校

その中で、得意な科目は何か? と 聞かれたら・・・

 全て

全てにおいて1番を取らなければ気がすまない 意地 はあったかどうか


自分にとって、意地 ではない。

限りを、中に閉じ込められる範囲・・・

なにそれ? 

それが頭に理解できない 

それ以上? 標準以上? 天才? なにそれ?・・・



でも先生達から、一歩引かれていた事は事実

一目置かれた といい言葉で置き換えた先生は、大好きだった。
実際は引いているが正しいと、自分に認識がある為、大人って大変ですね。と先生に言ったりしていた。
学年リーダーはもちろん毎年、生徒会長も応援団団長もした事ある。

美術、体育、技術、家庭科、道徳、書道、それら全てももちろんの事
議長として進行し、まとめるのは、どの学年も私だった。
すべてにおいてリーダーシップをとり、学校以外習い事でも優先にトップにいることが当たり前
周りが、当たり前って思ってくれる。

全国コンクールに賞をもらう・・・
学校から学区から都に、私の作品が選ばれる。

部活動なんか行く暇の無い、もう仕事をしていた子供時代

それでも、たくさんの部活から声がかかる

全国大会に出てくれない? 

・・・いいよ。
 
高1の時は、インターハイに出た事もある。
中学、仕事を始める前までは体操も新体操もバレエやタップと同じ様にしていた。
新体操の強豪高校だったと知らず、入学時に新体操部顧問の先生に声をかけられた。

この先生は忘れない・・・
ただ一人。

『 授業?受けなくても大丈夫だよね。 』

そう言って、3年生のインターハイ組と1学期の午前中は、体育館に向けられた事もある。
体育館にいると、体操の先生も声をかけてきた。

『 な。平均台ちょっと お手本見せてあげて。 』

インターハイ選抜チームに、お手本を見せてあげることから、始まった。

新体操の個人と体操の個人と両方で、スタジオバレエ公演の主役。全国公演がソリストで、パリのオペラ座から振り付けに来ていた先生に、コンクールに連れていかれた。その後パリとニューヨークでの公演にも出演した。帰ってきてインターハイと公演がまた重なり、モデルの仕事も増えていて・・・
勉強してなくても授業にほぼ出ていなくても、中間も期末も、別に・・・


学校初日の適正テストでは、学校の先生が全員集まる会議室に一人、校長の前に呼び出された。
結果を見てくださいと渡されて、全てに満点がついている。

先生方も実は同時に同じテストを、必ずする。

校長先生がそう言って、生徒よりは優れている先生方の結果表と並べられた。


長年、この学校の校長をしてきて、初めて見ました。
コンピューターの間違いだろうと、目を疑いました。

あなたは、この学校で何をしたいですか?と校長先生に聞かれ、私は・・・

『 宇宙か、入りたい会社に行く為と考えています 』

そう答えた。宇宙とは、NASAの事。
入りたい会社は、アメリカの会社で企業名を挙げた。創立10年満たない新しい会社だが、一つのセクションが特別に独立したばかり。

『 宇宙で、Hi Mom Hi Dad と手を振りたい 』

その答えに、校長先生は笑ってくれた。

この高校は、入学成績順のクラスから始められても、2学期からは、適性検査の結果に基づいて得意教科の有無の自己意思に関係なく、理系 文系 文理系 その中にまたクラスは成績順に纏められる高校だった。

弁護士や医者 こう言ったら、文系と理系の分け方が解るだろうか?

こういった適正職業に向く様な、授業をする。


でも私には、得意科目は何か?と聞かれたら・・・

答えが一つしかない 数学 かと、答えを一般的に述べる

計算で答が出るものに到っては、先生から文句を言われないからだけ。
なので、どのクラスに私が入りたいかの希望を先に聞き、担任や教科の先生を会議で決めるというものに、全先生の中に一人呼び出された。
他の子は、私が体育館にいる間、クラスで一人一人封筒に入れられて受け取っていた。

放課後のそれに、じゃぁNASAを目指すなら理系かな?でもCGArtistになりたいなら文系か?
自分でどちらに行きたいか、決めてよい。が・・・
ただ、出席日数の考慮をだけ。

忙しくても中退はできない。 学歴は、大学に行くのにどうしても必要だった。

勉強なんてほぼしない。
教科書を開くのは、授業のみ。

その代わり、図書館の本を全て読む、どんなジャンルも全て読みつくしていた程、本が大好きだった。
1さつ 5分~10分あれば斜め読み。ではなく、ページを開くと頭に全部入ってくる、全部一気見。
学校図書なんて少なすぎて、都内の図書館を数箇所読みきって、大学の図書館にお稽古帰り・・・ 大学生に図書館に一緒に行きたいと言い出す、小学生。


8月の終わりから学期の始まる学校に、転校はなんだか運命のように感じていた。

私の転校した学校では、友達は・・・

私と同じ・・・

全てに秀でていると評価を受けることを、なんとも思わない

同じ・・・

どれが誰が何に 秀でている? そのボーダーを決めたら

そのラインで終わるゴールが見えちゃうんじゃない?


あったま、わり~っ!

考えろってんだ~ってか?

ぎゃははっ~

感情にコントロールを奪われてんじゃん?

自己コントロールも出来ない奴が、何言うのかと?

あははは~~~!



これは、私の男たちの会話である。



世間的な標準というボーダーの認識が固定されている頭。

そんな先生や大人に、ウゼェ~!と言う。


自分の可能性が、そこで終わると決める?

それすら許せない 人ばかり・・・


私と同じ・・・











* From far away beyond . . .most beautiful sea in the
BLUE MARBLE Prologue-Tres *





「 俺との結婚・・・

 嫌、だった?・・・ 」



誓いのキスから唇を離した夫に、言われた第一声

微笑まず 無言で言葉なくいただけでも

胸の中に抱きしめられていた。


離して・・・ 


そう言っても、離してはくれなくて

強く抱きしめられたまま、自分の頬の上を伝う・・・

夫の涙を感じていた









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mimi's world from Ren Tsuruga and Chuehonn Hizuri
Love Letter from RT and CH

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