mimi's world * HOPE and DESIRE

_______ BE-lie-VE * be-LIE ve * believe...the SHAMs for heart healing * mimi's world-7 _______


Fairy and Angel cloud in Carribean Island* Photo by mimi© From far away beautiful sea.

Photo by mimi * In Carribean sea island of most beautiful sea in the world




Far away beyond . . .most beautiful in the BLUE MARBLE -POP

Mid Night Dream * UNO


蒼い魔法の星の中で1番... 美しい海の彼方より





「 ・・・・。 
  ・・ねぇ、何かしたの? 」



「 いや・・・ 特に・・・
  なにもしてないけど・・・ 」



_____ Hallo Mr&Mrs ... welkom


ようこそいらっしゃいませ。

その様にオランダ語で言っている、とある島にやってきた。


私と彼が結婚して、15年という歳月が経っていた。


最初はうるさい奴だと思っていた その人は、とてもたくさんの夢を抱えた人だと・・・
同じ様にたくさんの夢を抱えて10代を、学校よりも仕事に稽古に忙しい日々を送っていた私にとって同類だと感じていた。


彼の名前は 秘密


私は日本にいる間、日本語も普通に話す先輩の彼を 日本人だと思っていた。

友達以外の感情を持つことはなかった。でも夫とは、とても仲のよい先輩後輩でも友達の間柄。
私には、幼馴染の彼氏がいた。

その幼馴染の彼氏も私と同じ様でも、同じ様ではなく、でもとても大きな夢を持っている人。
世界に羽ばたきたい、その強い想いは変わりなく・・・
夫もまったく同じ。

音楽をしていた幼馴染の彼は、ギターもベースも、バイオリンにピアノも上手だった。
昔から代々続く、企業の会長の息子。
彼の母親はJ事務所に入れたいと思っていたけれど、彼は自分で嫌だと言い続け、全寮制のところから学校に通う、違う道を自分で決めて来ていた。

私の幼馴染と夫は、夫のほうが1つ上でいろんな事を知っていた。

でも私が恋愛感情を持っていたのは、幼馴染は会長の息子だから好きとか、夫は素性の分からない不思議な存在だからそうでもない・・・というわけではなく、幼馴染に私は一目惚れをし、彼も私に好意を持ってくれていたからだった。

私と夫が出会った時、もぉ~うるさい奴だ。本当にコウルサイっ!

そんな風に夫の事を思っていたけれど、時を過ごしている間に、周りの人皆に好かれていることに気づき始め、少しずつ夫への気持ちも親しみに変わっていった。
私が行っていた学校は、選択単位制のアメリカンスクールで、必要な授業に学年は関係なかった。
同じカリキュラムクラスでは、夫はいつも隣にいた。

クラスでは、とても仲のよい先輩後輩として周りから公認されているほどだった。


『 な~んで出会った頃、いちいち煩かったの? 』


『 そうだな。Attention me Pleeeaseってとこ? 』


今では、そうニコニコ話してくれる夫。


『 知ってる? いつも日本語で話すとさ
  君が先に、先生に起こられてた理由。 』


私は、日本人の様にしていた夫に、日本人だと思って日本語で話しかけもした。
日本語だから?って言っても・・・ 時には。でもね って教えてくれた。


『 目だってた。 それは可愛かったから。
  先生もかわいいって、隠れて言ってたよ。
  だから俺、クラス離れたくなかったんだ・・・』

I swear it’s truth!

胸に手を当ててそう言ったが、私が日本人だと思って話しかけていた事を、“ 利用して ”クラスを落としていた夫の余裕振りが判明した。

なんだよ・・・

Photo by mimi * In Carribean sea island of most beautiful sea in the world
利用されてた・・・ 
BLUE MARBLE -INDEX © Photo by mimi * From far away beyond Most beautiful sea in the Blue Marble



悔しいったらありゃしない。

しかも余裕・・

それも、悔しいったらありゃしない。


人生の瞬間・・・
たった1年、いやそれよりも 100日少ない学校生活

それを後悔して一生、離れるなら・・・


そんな気がしたと、結婚してから教えてくれた。






まだ10代だった頃、夫と二人きりになった時のこと。


卒業して1ヶ月過ぎていた。

同窓会名目か、友達同士でご飯を食べに行っている時、仲のよい友達でいたままの夫は、始めから隣の席に座ってきた。
私は幼馴染と結婚するんだと思っていて、彼もそう思ってくれていた。
それでもある時・・・

“ 無料のメイド ” そう私に言った幼馴染。

本当に家政婦が数人居る家庭で育った彼は、浮気ももちろんだった。

たまたま他の友達が纏まって席を離れ、元気ないけど?と微笑んで聞いてきた夫だった。
元気のない根源を打ち明けた時・・・


『 ・・・我慢してまで、なの? 』


黙って聞いてくれていた夫が口を開いた時、まっすぐ見詰められ唇を重ねられた。


『 俺なら、しないけど・・・
  それじゃ、ダメなのかな? 』


夫が、私を想ってくれていたと思うことはあっても、本当かどうか分からない学校生活の中で・・・
本気?って手を口に当てたら、ちらっと周りを見た彼が、私の口元に当てた手を握り下にさげた。

マジで・・ずっと、好きだった

初めて見た夫の真面目な表情での、告白だった。
親しい女の子はたくさんいる人だったけれど、お付き合いをする人がいる時は、とても大事にしていると思って普段何気なくみていた私。私にはうるさいぐらいやかましく、男の子が照れ隠しに好きな子にちょっかい出すそれが、小学生かっ!って突っ込みを入れた私。だったけれど・・・
そんな夫に・・・


『 出会った時からずっと好きだった。でも・・
  君には幼馴染を想ってるって感じた事
  だから何も言わなかったけど・・・ 』


そう言ってくれた夫は、その後


『 そうだな、気持ちが自分で分かる時
  自分で確信の答えが出るまで・・・
  誰を好きでいても構わない。でも・・・
  その中に、俺も入れてくれたら嬉しいかな? 』


握られていた手をすっと離し、ちらっと見た先に幼馴染と男友達がトイレから帰ってきた姿があった。
私の隣に当然の様に座った幼馴染と夫は友達。
真ん中の私を無視して、挟む様に話し始めたのは、自分たちの向かう先。

私と夫の間には友達同士でも、実は幼馴染に秘密で、一度だけ寝る機会があった。
でも、彼との唇を重ねた真面目なキスは、これが初めてだった。

夫の彼女や女友達が、コンビニやトイレからそれぞれ帰ってきて、留学先の話が合わない夫とは別々の離れた席に私は動いた。


私達は次の日・・・


幼馴染と夫は、フライトは別でもアメリカの同じ場所へ

私は、その2人を見送ることなく、早朝のフライトで違う国に立った。


これは、私が出産後ほぼ2ヵ月後のこと。
子供を失ってすぐの頃・・・ その卒業式の私の写真は、別人の様。

自分ではそう思うけれど・・・

卒業前から学校に行かなくなった私。卒業式の前日クラスに突然現れてすぐに、先生に卒業式の事で呼ばれ1時間ほどの学校滞在でそのまま帰った。
卒業式には、制服ではなく “ 日本での思い出を ” その校長先生の言葉どおり・・・

次の日の卒業式に行ったら、みな思い思いの格好だった。

大人っぽいスーツに、モデルのような男の子たち。
いや・・ バイトだもん。

・・・だよね。 それぞれのブランドに身を固めてきていた。

モデルやタレントの女の子達の中には、着物の子もいた。
成人式に振袖を着れないかもしれないという女の子に、大学卒業の様に袴にブーツの子もたくさんいた。

ノミネートされたようなイブニングドレスの先生に、その先生の担任クラスの女の子達は、全員がドレスだった。
男の子はタキシードでエスコートをして、アメリカの高校そのままプロムの様に、カップルおそろいの小さなブーケを女の子は手首にし男の子は胸にしていた。

今まで必ずスーツを着ていた先生がいたが、この日はTシャツ。
この担任クラスの子達は、Tシャツにジーパンで全員がペンを持って、寄せ書きを背中や胸に書き合っていた。

アメリカ人の子も、“ 日本の思い出 ”に・・・ 私のクラスは男女とも着物を着ている子もいて
私の担任の男の先生も、アメリカ人でも綺麗に袴をお召しになられていた。

卒業生は、アメリカの学校と同じ様に、その上にマントをつけて最終主選択の学部色のケープをつけた。

日本語を一言も話すことが無かった、私達の担任の先生は、次期教頭を経て校長になる。
教壇に立つのはこれが最後だったと、涙を零された。

卒業式で、その紹介を校長先生にされて、挨拶に立った担任の先生。
英語での挨拶の後・・・

 保護者の皆様

はら?・・・ とても流暢なペラペラの日本語に、クラス全員が涙も切れてブッ!っと驚いていた。

そういえば・・・
沖縄や北海道には、先生方は家族連れで来ていた事を思い返す。

先生の奥様は日本人で、お会いした時、学校の生徒だったって話した事を思い出した。

 やっべ~~・・ 
 全部解ってたんじゃん先生 

どこからともなく漏れる声に、誰もがそう思っていただろう・・・が、生徒がチンプンカンプンにも多国語なので、このエリート達を教えるエリート先生方も、多々マルチリンガル当たり前だったかもしれない。


学校の卒業証書は・・・
日本と違い見開きカバーに入った、アルバムの様な大きなサイズ。

表は・・・ Universityの校章が金色でプリントされている。
学校のGrade過程通過証明の様・・・ その卒業証書

この時知ったのは、アメリカでは卒業証書は、これからの人生見せるための証明書類として使うということ。
進学や就職先へ履歴書を出すのもこのコピーや、Sealの入った実物を見せたりする。


おそろいのマントに卒業証書を胸に抱き並んだ夫や幼馴染に、友達との写真の数々、私はこのときだけ顔が違うって自分で思う。

夫のアルバムには・・・ 私とのこのときのツーショット写真がある。


思い出せる・・・

夫がマントの後ろで、カメラを向けた幼馴染に見えない様に、私の手をずっと握っていた。


違う国にいる間、自分は自分の夢をめいっぱい追いかけて・・・
夫も幼馴染もまた、同じスタンスで夢を追いかけて行っていた。


私はそんな馴れ初めがあった夫とは、出会いから結婚するまで、8年あった。
全寮制の合同生活中の幼馴染には、学校が違った数年会うことはなく、その数年を除けば8年。
この8年の同じ歳月に意味はなく、ただ同じ時の長さでも子供と大人の境目から知り合った事。
そして、大人になってからの付き合いは、関係も考え方も感じ方も深いと。

私の卒業時には、日本の大学に進路を考える人は、誰一人居なかった。

私たちは皆・・・

それぞれの目標をもって、それぞれの国に旅立った。

私は夫とは、違う国でも、友達同士のまま



好きな人を選ぶのは、自分の意思で人生。

恋愛って、人としての感情で、人生の目標ではない・・・

心の感情に誰も何も言う権利はなく

自分の心を見つめて、したい事をすべきだと

年齢に制限があるならば、今 すべき事を見つけ

即座に行動に移さなければ、自分の思い描く夢に進めない

道を決められた制限なんかで、夢見ることすら閉ざされるなら

悔やむのなら・・・ そう考えて・・・

悔やまない方に自分が目を向けて、走り出すだけだと



皆、夢に一生懸命だった

夫も幼馴染も、その他の友達たちも・・・
皆の、自らの夢を必死に追いかけ続ける姿をずっと見て、自分も皆と同類だと感じていた。

一人で全てを決める

自分の人生を自分で自分の力で、その都度決めていっていた。


私たちは皆、普通。

ただ、死ぬほどに努力はし、寝る事も食べる事もトイレに行く事すら忘れるほど。
人としての生活を制御して、それでも皆自分の夢を追いかける日々に時間を費やしていた。

いろいろな事が私にはあって、体重が30kgを下回ったり、髪が全部抜けた事、数日トイレに行く事を忘れていて体が異臭を放った事、女の子の日なんてある筈無く、足の裏だけ真っ赤に腫上がるほど大量の蕁麻疹が出来歩けなくなったり、真夏日のなか手足はしもやけに覆われて、どんなに十何時間サウナ状態のバレエのお稽古にリハーサルをしても汗をかかず、雪の降る極寒の土地で大量の汗を座っているだけでだらだら流し、神経性の突発麻痺で話せなくなる事、移動の飛行機には3cmぐらい盛り上がる帯状疱疹に全身を覆われて、怪我どころの騒ぎではない、主役をやり続ける万年症 背骨が左斜め45度に捩じれた状態が普通になりS字湾曲もない為、まっすぐ歩くと意識をしないと斜めに歩き軟骨頚椎ヘルニアが腰と背中と首の為、両足躓いてしまう、内臓なんか何も機能をしてない状態は長期過度スーパー少食 いわゆる一口だけ無理ムリ飴を舐めるほど、食欲って言葉すら思い浮かばない精神状態、アレルギーもある為考えるのがめんどくさい時間が無いっ!

そんな自分にいらいらしだす。

それらのカロリー摂取障害や骨からの圧迫より・・・


死にますよ。


そう、医者に言われた事もある私。
私の体調を数年前から知っている、幼馴染と夫の2人。

たぶん心肺機能を動かすだけで精一杯の体で、

よく、生きてますね・・・

一時期は、医者がそういう位だった。
強い精神状態を維持することで、生活に体を安定させようと頭が必死に働いている。

白血球の異状増殖に、抗体で自分の体を守ろうとしている本能か、それとも単なる赤血球の死滅現象か
血液の酸素供給に異常をきたし、全身の筋肉の引きつりと、脳の異状単行動が勝手に始まって意識が遠のき、スタジオでぶっ倒れてそのまま式を失った。倒れて骨折した時の内出血が止まらなく成っていた血小板細胞の損傷も白血球の多さからの・・・

いわゆる、自分の全身をめぐる血液が、自殺に追いやっている状態である。

子供の頃から低血圧、それにも増してスーパー低血圧が普通になるほどになったのは、出産後から頻繁に起こる貧血でいつも注意されていた。
私は出血が止まらなくなると、体の40%の血液を失うと死に至る標準よりも、赤血球が少ない為ものすごく早い。


監督業に芸術監督の仕事傍ら社長をこなし、こちらもあちらの舞台も監修振り付け・・・
アスリートでもある私は、学校も持っていて校長と総指揮をし、大学によばれりゃ、脳心理講義をし・・・
モデルもダンサーもそのまんま、オファーがあれば・・・・
ショーも舞台もそれぞれ複数重なりつつ、劇場を間違えないよう国別都市別に書き込んで・・・・

怪我していても? ・・・いいえ~。

怪我ってもんじゃありませ~ん。

ひとまず、万年 両脛は疲労骨折で細かいヒビがお構いなく入っていて、歩くだけで折れそうで
捻挫? いいえ~足首骨折に、足の親指骨折に脱臼に、鎖骨に鼻に頬骨骨折、息するのもやっとのアバラの骨折膜が剥がれ、左足の小指じん帯断絶。左足の指の靭帯はめちゃめちゃで、親指は伸び切って一度筋肉で曲げてしまうと数秒戻らないまま、ぴょんと突然親指が勝手に戻る。
腰の背骨3つには、ピッチャーの肩や肘と同じ様に角が欠けており いわゆるねずみを飼っている 小さな欠片が軟骨にくっついている状態で・・・

そんなお怪我の重なった一番ひどい時とは・・・
仕事ももちろん重なっている・・・

自分のお稽古の後には、監督業が待っていて、舞台のある時はリハに出向き、講義があればその時間だけ、ショーも1ストロークであるなら本番のみの衣装合わせだけ・・・ 終わったその足で空港へ・・・

あぁ~やっと寝れるって? いいぇ~寝る暇ないっ あっちの振り付け こっちの構成、そうそうこっちのスタッフに~・・・3,4個の掛け持ち監督業の構成をノートに細かく、フランス語と英語と日本語と・・と国別オファーに分けて書きつつ、PC出して背景色のグラデーションは照明入ると・・・ とな計算しつつ、こちらを誰に依頼して~・・・と忙しい方々のスケジュールと自分のいる国を合わせつつ、財布を出してカードを機内電話にスキャンして・・
今、報告頂戴っ!と受話器を耳に掛けつつ、そうそう論文あったあった。なんてPC画面分けつつタイプを始めいじっていれば、圧力で骨はきしんで骨折部はお構いなしにジンジン腫れ 氷くださ~いって・・・ 小声で訴え・・・ 降りたらそのまま違う劇場に~、お迎えの方に連れて行かれ車の中で装置の依頼は~・・と電話しつつ~~~・・・・

そんな、身体を引きずり引きずり大量の薬で誤魔化しても、お元気いっぱい Nothing Problem!ってな、3inch以上のヒールで颯爽と見た目を気にしてキビキビ動き回り~~~

食べるの飲むの、トイレもいつ行ったか覚えちゃいない・・・

ん~な、もう書いてても書ききれない程、くっそ忙しい日々を送っていた。


骨と皮に鍛えた筋肉で 体脂肪計がエラーを示す4%以下。
血色も体を動かさないと出ない、紫ならまだしも真っ白。血液不足で屍の様な私・・・

高校生の時、まだ普通だったと自分でも思う。

細い体型よりもさらに細くなって、一歩外に出れば誰もが私を見る。
高いヒールを履いて、まっすぐな背中に細い足で歩けば、知らない人からどんどん声をかけられる。

 ね、モデル?

そうよ。プロのモデルで、プロのバレリーナ
学校の校長、会社としてその社長もしてる。
監督もしているし、教授もしている・・・

 どれが本当?

『 全部。毎日忙しいの
  ごめんね・・・  』


そんな断りは、バス停までの数十メートルに何度言うだろう・・・

結婚なんて事、その数年考えた事も触れた事もなく、一生このまま夢が現実に触れているまま、生きていたいと思っていた。 


突然鳴った国際電話。 ・・・私の夫だった。


_____ よく分からないけどね・・・
    今、言わなきゃと思ったんだ。 


その話し出しに・・・ 国の違う夫は早朝だった。


_____ 全ての仕事もその生活も、止める事できる?
    出来ないよね、自分が叶えた夢の中だし。
    それ・・・ でも、そのまま続けたらどう?
    死んだ時、尊敬してあげようか・・・ 


その後・・・


_____ 人として、生きて元気に過ごせばいい。
    それ・・・ 俺のそばで。って、どう? 


なにそれ?と思っていた時・・・


______ プロポーズ。プロポーズ前の言葉かな?


じゃ、また寝るお休み~・・ そうウヤムヤに、むにゃむにゃ言いつつ電話は切れた。
その時、私は・・・ 私の元を訪れていた幼馴染と、仕事で一緒だった。

その仕事の前・・・


『 そろそろ、結婚しよう 』


私は、下を向いて携帯電話を切りながら、待ち合わせ場所に歩いていた時だった。

待ち合わせ場所には、幼馴染のマネージャーにSPもいる。
監督業と演出業に出演、それにモデル仕事を掛け持ちしていた私にとっても、仕事中は自分の周りに必ず自分をサポートする人がいるとはわかっている事。仕事の後に、プライベートで会うのは避けたいと思っていたその日。

幼馴染に突然、後ろから抱きしめられて言われた言葉に、切ったばかりの携帯電話を手の中で握り締めていた。

観光客も必ず来る人通りの多い交差点で・・・

背の高い幼馴染が被っていた帽子を外し、重ねられた唇に 私は瞼を閉じる事はなかった。


今と違い、携帯電話を持っている人は10人に1人いるかいないか。もし持っていても、カメラは付いていなかった時代。
公に出る事は無かったけれど、インスタントカメラを向ける数人を、瞼を開けたままのキスの途中見ていた。


きっと態と・・・ 顔を写させていた。

瞼を閉じていた幼馴染にも、焚かれたフラッシュは瞼の裏に分かっていただろう


たくさんの、その光と・・・ たくさんの、同時に聞こえる音と・・・

その数秒後に、肩に置いていただけの腕を首に回し、外した帽子で2人の顔を隠した幼馴染。


帽子の中で彼がしていたキスは

一生そばに居てって愛を乞い、他の人に気を向けないでって訴えていて・・・

・・・優しく やわらかく 



俺から逃げられると思うな と・・・ 拘束される恐怖に

俺に仕えるのがお前の運命 と・・・ 抑制をむけた怒りに

・・・我侭に唇をこじ開けていて



なんだか掛けたかったと電話をくれた今の夫の勘なのか・・・

私は、そう思いながら ________ . . .



私が電話を偶々取れる状況は、実は・・・
それまでに一度も、無かった。

私が用があって掛ける事もあまりなく、いつも掛かってくるのは男たちからの方。
仕事の電話ですら、留守電に一度入れてもらうか、何時に掛けてと約束をしてとる電話。

仕事に入ってしまうと、授業も稽古もリハーサルにモデル、ミーティングに舞台全て勝手に出る事はできない時間が一日のほぼ。音楽の間のあったし~んとした舞台中、舞台袖に置いていた貴重品バッグの中で電源切るのを忘れた私の携帯が鳴ってからは、仕事中はオフにしていた。
ま~、怒られたことおこられた事。スタッフが急いでその辺のバッグを全部取り上げて、奥に持っていく足音まで・・・ 留守電に接続するには、電源を切るしかなかった時代の携帯電話。

ほぼ着信者全員留守電での確認が主。しかも国際電話番号表示はされないし、ポケベルだって直ぐに掛けなければ相手がその電話前にいないだろう。

偶々・・・ 本当にたまたま、待ち合わせ変更かと取った電話だった。



そうなの・・・

・・・変更かと思った。



昔は追いかければ逃げていた幼馴染。
もう別れたいと数年前から思っていて、追いかけるのを止めてそっぽを向き始めたら、追いかけて来るようになった。

普段はモデルの中でも痩せている体型に、他のモデルやダンサーをデブと言っていた監督の私。

 デブだから動けないんじゃん?

なんて、体脂肪率が10%しかなくとも、世界で踊るダンサーにももっと鍛えろと厳しかった私。


 小学生のとき、理科室で人体模型見なかったの?
 
ぼ~っと見てるから、関節可動範囲も解らなければ、筋トレに必要な脳刺激コントロールもできない。
自分の体の根本である、人骨標本は研究にもってこいだと、小学校で思わなかった?


教えながらも、脳の奥の方では違う思考に、捉われている私。
その脳の奥は・・・
精神的に脳が勝手に動き出すほど、音が勝手に聞こえてきて振り付け中の各音楽が、二重三重にものすごい速さで巡りだす。
キョロキョロ周りを見ることができるけれど、音が聞こえているのは私の頭の中だけだと理解もできる。

メトロノームの様に心臓の音が聞こえ出して、機関車のように ドッド ドッドと鳴り響く心音が、音楽と合わなくて神経にさわる。
落ち着こうと考える事ができるから、目を閉じて少しすると、全てが消える・・・

私は 医者に死にますよ と言われたのを切欠に、自分を治そうと脳に神経に心理に身体の関係を学んで行った。
講義をするまでに成ってもいたけれど、教えるより研究をするほうが好きだと、自分の経験と他人の違う行動反応の違いに思う。


私の場合と違い・・・

幼馴染は、うつ病になりかける前の精神異常の限界まで届きそうだった。

仕事の増えたストレスと体力の限界と、上手く行かなくなった恋愛に・・・ 平気でストーキングも出来るように我を失う時があった。

違う国に1日オフでも飛んできて、数時間私を追いかけたらそのまま帰る。

手紙で送られてきた隠し撮りの写真の裏に、私の会話が書かれていた。

ストーキング被害はこれだけではない為、とても気をつけていたつもりでいても、帰宅したら出かけたままの部屋から、下着やレオタード類だけ全て消えていた泥棒もあった。
幾度と引越しをしてもその都度・・・
使ったマグカップが消えていた事や、朝 食べようかと爪を入れただけで止めたオレンジが消えていた事もあった。

でも警察に呼ばれて捕まった泥棒から押収したものの確認に行った時、

犯人の顔を見ますか?
見なくてもいいですよ・・

やさしく声を被害者に向ける女性警官の方に、顔を見なくてもいいのなら見たくない旨を伝えた時、なぜか確信出来るほど幼馴染ではないと思えていた。
なに人ですか?と質問だけ向けた私・・・
ん?イギリス人ですよ。なぜ?と逆に聞きかれた私。全く知らないその人から、出てこなかった物もあった。

これは・・・ イギリスでもアメリカでも、多々あったこと。

幼馴染は、どこにでも現れていた。
NYにLAに、ロンドンにパリにミラノ 
仕事で訪れるだけのアムステルダムやウィーンやバルセロナはまだしも、スペインのバレンシアと言うところや、ベルギーのブリュージュのような、都市的に主要でないところまで・・・ アメリカでもそうだった。
その後幼馴染には、周りをウロウロしている時に、自分が何をしているのかフッと意識が帰ったと言われた。
けれど、手紙を市内でそのまま投函した事は、覚えていなかった程狂いかけていた。
私は風景写真にどこでいつかが分かる数以外に、写真が送られてこなかった違う時の話をされた事もある。

何回?と聞いても、それが分からない と...仕事が終わるとフッと何かが抜けたらしい。

こう私と話せる時は、普通。仕事用のよそ行きの彼。

何か自分の殻に入って人が変わった時は、かっとなるならまだいい方で、人がそこに居ることを理解できている。
無視というのではなく、何かに閉じこもり何も見えなくなる状況になり、独りすっと消える事の方が心配にさせられた。

私のスケジュールの多忙さに・・・
突然現れて 俺も忙しい! と目の前で逆切れされた事もある。

仕事移動の合間を見計らったのか・・・
電話に出ろ!と街中で怒鳴られて、驚きのあまり声が出なかった。

周りの人は、日本語を理解できないので、何が起こったのかビックリするなか、Excuse me?
って私のマネージャーが私を守る様に抱きしめて、幼馴染を突き飛ばし帰したこともある。


言語ソフトが必要なくなってきたPCの進化に伴い、キーボード設定だけで何ヶ国語も打てる様になってきた。

彼の仕事の中には、文章を作る事も大事な1つで・・・ 学生時代から英語も日本語もタイプで作成していたのを私は見ていた。
書いた画面を見ながら、デスク横に並べられたギターとベースを交互に取っては、手書きで音を書く・・・
電子ピアノのキーボードに向かって、仕上げる。世に出るか分からないチャンスを、彼は子供のときから作り続けていた。

高校でまた出会った事は、必然の運命だったのか・・・
時間の融通の利く高校で、自分の目的と能力に適合する学校が、そこだけだったからなのか

高校生活に入る前に、彼氏と彼女の間柄になるのに時間は要らなかった。
二人とも付き合っているって、何時の間にか離れていても思っていた。

手を繋いだら、子供の時より大きくなった手は私の手を包むほどで、大きく伸びた身長に上を向いたら
子供のときのキスと違うキスに、自然に瞼を閉じた。

『 俺のFirst Kiss ・・・』

子供の時も人生初 って、瞼を開けて聞いた言葉に、私は 

『 じゃぁ・・・ 』

そう言いながら、背伸びして幼馴染の瞼を隠し、抱きついて唇を重ねた。

私は高校受験前付き合っていた男の子と、キスもしていたしその次の段階と、違う高校への進学にその手前までしていた途中、彼の自宅で突然お母さんが帰ってきた。


『 ほんと?キスした事無いの? 』

こんなにいい男なのに?


そう聞いてしまった私は、どうなんだか・・・

『 な、寮に来てみる?シニアになるし? 』
  
オートロックの正面玄関は二重で防犯カメラが付いていて、受付に人が必ず数名居るセキュリティの厳しい寮の部屋だった。掃除のおばさんや会議室のような喫茶室に、カフェテリアにも人がいる。
廊下だけでも、必ず人に出会うそんな寮。
お正月直ぎで人がすくなく、幼馴染も実家に帰ってきていた。

面会は、別に構わない。別に病院や修道院や少年院じゃあるまし、芸能事務所の寮である。自由。
だけれど、自立の目的と責任感を養うのには、子供でも金銭の関係する仕事に携わる者として、責任に大人と同じという意識を持たせ、メンタルにヘルスにフィジカルの自己管理に向ける精神修行にはいいと思う。

私は幼馴染のブカブカの服や学校制服に着替え男の子になりすまし、南京錠の掛けられた裏門をよじ登り、鍵1つだけの非常階段から彼の個室に、高校生になったら何度も手を引かれて一緒に行った。

10代半ば15でとは、早いのかどうなのか分からないけれど、私が初めて肌を重ねたのはこの部屋。
幼馴染のFirst Kissから1週間後の事。

初体験の後・・・

『 俺、キスは初めてだったけど
  セックスは、初めてじゃないよ。 』

悪いね・・・

どうも、こいつは、私のFirst Kissの相手が自分じゃなかった事に、ムッとしていた様だと思った。

お正月休み明けは、学校の始まる前まで寮生が少なかった。

一応の高校受験。
前の日・・・

『 な、ラブホ行ってみない? 』

あ、行ってみたい。こそっと幼馴染の実家の部屋で話していた。

明日受験でもお前、勉強すんの?要る?って言われたら、受験勉強なんてしてなかった。
ん?必要なし。受験勉強した?と聞けば、俺もしないって幼馴染が言う。

春休み中、何度か身体を重ねているうちに、ほ~~~っと2人で思う様に、なってきてた。

でも、高校は別。
また離れた幼馴染とは、本格的になってきた仕事に連絡も取り辛くなった。

恋愛禁止

事務所のそれは、研究生である その立場のシニア それを強く感じた。


でも同じ高校に行ってからは・・・

やりたい盛り。

・・だよな。

だって、気持ちよさを知ってしまった。

音を作る仕事に携わる寮生が多かったその寮内の個室全ては、夜中でも大丈夫な様に防音にされていて、どんなに声を上げるようにされても お互い気にすることはなかった。

それからの私たちは、一日に何度もする様になっていた。
時には、学校の45分のお昼休み・・・ 学校から歩いて10分ぐらいの寮に、さっと行ってさっとする。
コンビニおにぎりをかじりながらコンポタ缶をふりふり学校にさっと戻る。そんな事もしていた。
授業中に二人そろってお昼を食べたら、何してたの?と夫に聞かれた事があったので、それからは二人で揃って食べるのは止めた。学校から2番目に近いコンビニだし回りはファストフードやラーメン屋、お弁当屋やら蕎麦屋なんかもあったので、先生に見られることもあった。
昼間の寮は受付が奥でご飯休憩の入れ替えなんかを、コンビニから見て知ったもんだから、チャンスは二回って防犯カメラの位置まで幼馴染が事前確認し利用していた。

狭い6畳ぐらいのワンルーム。
ユニットバスの狭いお風呂に二人で入り、短距離走の様なセックスを何度かした後に、上半身裸のまま小さなデスクに向かい文章を打っていた幼馴染を、ベッドの上でぼ~っと見ていた。 


その時と違うPCの進化には、1つの恐怖を感じた事がある。

まずは、彼のものが世に出ている これは事実で・・・
今でも同じ様に、変換の楽なタイプで書くのだろう。

私をストーキングし始めたその頃には、言語種に元々興味のある彼は、タイピングを全ての外国語で試したことがある。それは、彼のマネージャーから聞かされた。


_____ ちょっと立ち入った事を、聞いていいかしら?・・・ 


仕事の打ち合わせ休憩中に聞かれたことだった。
まだ付き合っているのかと聞かれて、何も答えられないで居た私。
とても微妙な気持ちと、それぞれの仕事の場所が違った事に、会わない期間が続いていたのと、私には付き合うと言う様な人がいたのかどうか、自分でもよく分からない状況の複数の親しい男性が居た。

黙ったままで居た私に、付き合いを公表する事はしなくていいと言われていた。
ずっと仕事中そばに居るマネージャー。
彼の精神的変化に気づいて、実は一人で隠し 庇い通していると言う。

仕事場として借りているマンションでPCに向かっていた彼が、トイレか何かに立って居ない間、頼まれた飲み物をデスクに置いた時
つけっ放しのデスクトップPC、売っている物の中では一番大きなモニター。
その画面いっぱいに、最小の文字の大きさで ユダヤ文字やヘブライ語やら象形文字にアラビック?なんだか形だけの文字。
その他の世界中の言葉だろう、わけの分からない文字がたくさん埋まり、画面が真っ黒になるほど字で埋め尽くされていたと言う。

彼女が分かる文字が、ふと目に入る・・・アルファベットと、ひらがなに カタカナに 漢字

私の本名だった。

きっと読めないその文字は、全て私の名前だと思うと言った。

私の名前で埋め尽くされたその画面を見たときから、数ヵ月後・・・
仕事場に朝迎えに行ったマネージャーは、着く5分前に電話をかけるもその日 彼は部屋の電話を取らなかったらしい。目覚まし代わりのこの電話は、一応、寝起きは・・・と社員であるマネージャーとして考えて必ず掛ける目覚まし確認だという事。

何度か徹夜して仕事場で仮眠したままと言う事もあったので、まだぐっすり寝ているか、電話の無い場所で寝ちゃったままか、様々に考えて着いて寝ていたら、起こそうと思っていたと・・・
ベッドと一人掛けのソファチェアが置けるだけの、6畳ほどの部屋を仮眠室に使っていて、窓が突き当たりの壁にしかない部屋。
朝ですよ~と起こしつつ、分厚い光遮断カーテンをずる~っと開けたら、む~ん・・と言いながらモゾモゾしていた彼に、起きて行きますよ~と、顔を覗き込んで声をかけたら・・・


_____ ・・・おはよう


蕩ける笑顔で言ったから、はい、よろしい。仕事の顔 と褒めていたという。
トイレに立ち部屋から出た彼を見ていたけれど、おはよう・・って彼が言った時、気になっていたのは
視線が顔を避けていたと思った事。
違うところを見て言った様な気がして、おはようと言った方に目を向けたら・・・

仮眠室の天井いっぱいに、子供の頃からの時を追った順に整列されて、私の写真が所狭しと貼ってあった。

彼が知らない私の仕事の写真まで・・・

4歳の頃に同じお教室に通っていた子がいる。彼女ととても仲がよく、同じオーディションを受けに行ったり、お稽古に行ったりして、ジュニアに上がったのも同時・・・
耳にした事があるかもしれないけれど、時々芸能人がテレビで話す
ジュニアの頃にね、駅のホームの一番前で待ち合わせしたり、何時の電車の一番前のドアね。
そんなお稽古やオーディションに出向く時の子供の頃の話。

私もその一員だった。6歳の頃には、お母さん無しで友達と通っていた。

そんな友達は、14歳には雑誌の契約モデルを始めていた。
私は舞台やカメラの前で、14歳から仕事をもらうようになっていった。

もちろん当たり前の無名。そんな星の数ほどいるかじり掛け。

レースクイーンのバイト派遣をされたその友達との、レースクイーンの写真
フォトグラファーの個展モデルに CMポスター 舞台の写真に きれいな女の子からプリンセスからエンジェルにゴーストに、孤児院の子、ホームレスに、死体まで・・・ ランジェリーや水着の仕事、数々のヌード写真も私にはある。

切抜きから私が学生時代の仕事の写真から、もちろん普段の学校での写真に
2人で撮った寮の個室でのセックス最中の顔写真に、部屋で遊んだコスプレごっこ
幼馴染の大好きな見えそうで見えないポーズに、数々の盗撮写真まで・・・

その時、盗撮写真の場所の多さに、マネージャーが気がついた時だった。

見てはいけないものを見たのかと、そそくさとリビングに行き、彼が着替えてくるのを静かに待っていたという。
でも、次の日その部屋をそっと覗いた時には、何も天井に貼られてなかったと。

それに・・・

PVかなにかに使いたい画面なのか?と思っていた満天の星空の映像を彼のPCモニターに見て・・・
事務所マネージャーセクションの新入社員の子が同じ画面を見ていたのを見つけ、どうしてこの画像をもっているのかと声をかけたらしい。

でもそれはただのネット

願い事を書くと、その満天の銀河の中に星が1つ現れるという。
想いも願いもさまざまで、そのウェブサイトの数億個の星の中から、好きな人や夢を叶えてくれそうな人が見つけてくれる場合もあるかも?というもの。書いた本人すら、自分の星がどれだか分からない。

かなりの確立・・・ なんじゃ? と思う私。

そのサイトをマネージャーは、10数人で数日かけてサーチしたら、彼が綴った事が出てきて・・・
それに、私の名前で私が彼に書いた星もあったと言う。
その他にも二人の名前が入っていて、将来を誓う言葉の星があり、どうなのかと聞かれたけれど私はその星空サイトすら知らなかった。

そんな事や・・・ スタイリストに聞かれたと言うこと。


_____ あなた達、結婚するのかしら?


はい?っと思った私は、えぇと・・と、数時間前に街中で抱きしめられた事を言えないでいた。
答えなんて何も返してもないし、初めて聞いた言葉だった。

彼は数ヶ月前に私の写真をスタイリストに見せたという。
サイズはこのぐらいと、注文を出した彼。
彼は私に服やアクセサリーをプレゼントしてくれていた。
抱いている時の身体の大きさに、昔からアクセサリーのサイズすら知っていた。

_____ PVの演出ですか?だったら、演出と話を。

スタイリストから聞かされたのは、彼がウエディングドレスにティアラに花に、事細かに相談してきたと言う事。
イメージがあるのかと彼に聞くと・・・
私は仕事柄 子供の頃から、ドレスもティアラも花も何もかも衣装として豪華に着け慣れていた。
姫や王妃に妖精にキューピッド、なんでもそれぞれ、姫なら数十種王妃も数十種そんな様にいろんなスタイルを数々したことがある私。
監督として衣装のデザインも注文も多々出していたし、自分でどんな国の衣装も縫っていた頃もある。
それに私は、ミスコンテストにも。とあるミスになっているため、その後の1年はモデル契約があった。

とあるジュエリー会社のウエディングモデルに1年の契約を貰い、数々のティアラや宝石を着けた。
その写真から、とあるデザイナーのウエディングドレスモデルとして、ランウィやCMの仕事をさせて貰った。
数々のウエディングドレス プレタポルテもオートクチュールも着た事があった。

幼馴染がスタイリストに見せたのは、このジュエリー会社のティアラモデル数枚とデザイナーのドレスモデル数枚の両方。

タイプの違うそれぞれに、とても難しいだろう・・・

_____ その人が、気に入る様に・・・

そんな注文だったけれど?と マネージャーは聞かれたらしい。

そんなスケジュールが入っているはずもなく、それに結婚するとも聞いていない為、ん?と思ったらしい。
あぁ保留の案なんで・・と、ごまかしていると言う。

幼馴染がスタイリストに渡したのは、プロフェッショナルな潜在写真コピー。
書類を入れる封筒だけれど、茶色や白の普通のものではなく、防水加工のされたしっかりしたもので、写真も綺麗に一枚ずつ薄紙が表に掛けられていたため、必要書類として見ていたそうだった。

マネージャーが女子トイレに引っ張って行って、こそっと話した これら・・・
私は遠くに見える幼馴染の後姿を見ていた。

普通に見える・・・

スタッフとだべり笑う幼馴染が、普通に見えるのは、ストーカー行為を自分で認めて話してくれたときから。

席の方に向かいながら・・・
付き合いを公表する事なくていいから、彼に付き合っていると宣言してほしいと言われていた。

付き合っているという事実が彼の心の中にあるなら、離れていても前と同じ様に普通に成るだろうと思う。
医者に連れて行っても無駄だと思うのと、医者に連れて行けない世間体・・・
事務所に隠し通しているマネージャーは、この1年一人ずっと悩んでいると言った。


_____ あなたがしないと、どうにもならない・・・


そう言われて、自分以外の人生も考える様になった。



関係のあるそれぞれの 男性みな 個々に人生があって

私には私の人生が別にあり 人生の中に人生を平行して行きたいと思ってくれる、個々の人生で

それぞれ別の人生を、ただ平行線に歩みたいと思ってくれている

同じ1つの道を二人で歩くものでは ないと・・・








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